エスカレートしていった二人の欲求

当時32歳だった彼女は、お手伝いさんとしてある家で働いていた。ところが直に、その家の主人と、妻の目を盗んでは情愛をむさぼり合う愛人関係になってしまった。

あるとき阿部定は、主人とお忍びで料亭に入り、行為に及んでいた。

「阿部定事件」の発端は二人の欲求から(写真はイメージ/shutterstock)
「阿部定事件」の発端は二人の欲求から(写真はイメージ/shutterstock)

「ねえ。紐で首を絞めながらだと、もっと気持ちよくなるんですって」

突然、阿部定は行為をしながら首を絞めてくれと懇願しはじめた。

二人ともサディズム、マゾヒズムの傾向があったようだ。

男は了承し、お互いに首を紐で絞めたり絞められたりしながら事に及ぶようになる。SMの常で、どんどん欲求は強くなる。男の要求は、次第にエスカレートしていった。

「もっと紐を絞めなさい」

「絞めろ」

阿部定は言われるとおり、快楽を満たしてあげるために男の首を絞め続けた。そして、歓喜の中で彼女が、はっと我に返った瞬間、愛する男は、すでに帰らぬ人となっていたのだ。

これが昭和11年5月18日、東京都荒川区尾久で起きた「阿部定事件」の発端である。