コストを価格に転嫁できない。中小企業から順に倒れる
財務省の貿易統計(2026年4月分)が示す通り、ナフサを含む揮発油の輸入量は前年比37.7%減なのに輸入金額は前年比2.0%増だ。輸入単価が約1.6倍に高騰している。
中東以外からの調達では喜望峰ルートを経由するため輸送日数が通常より14日増加し、燃料コストは1.5倍に跳ね上がる。
いま企業の間ではこんな言葉が広がっている。
「量はなんとかなっても、コストを価格に転嫁できない。このままでは中小企業から順に倒れるぞ」
なぜ転嫁できないのか。ただでさえ物価高だった市場に、さらに値上げをすれば消費者が買わなくなるからだ。
しかしそれは消費者が強欲なのではない。国民負担率が5割近くに達した日本では、税と社会保険料に所得の半分近くが消えていく。財布の底が見えている消費者に、コスト上昇分を転嫁できる余地はほとんど残っていない。
中小企業が苦しむ根っこには、ナフサ危機だけでなく、長年積み上げられてきた国民への負担増がある。
問題の焦点は「供給量の不足」から「価格転嫁の困難」へと、着実に、しかし確実に移行している。政府の「足りている」という言葉は、この移行を覆い隠している。
そしてそのしわ寄せは決まって弱い側に向かう。危機のたびに体力のある大手が有利となり、中小零細が淘汰される「寡占化」が静かに進行しているのだ。
今の日本社会には、二つの考え方がぶつかり合っている。
一方は「情報公開派」だ。ナフサ供給が前年比で不足しているなら、不足は不足と認めた上で、各自がやれることをやるべきだという立場。もう一方は「情報統制派」だ。不足を認めるとパニックが起きる。パニックを防ぎながら管理的に乗り越えるべきだという立場である。
「とりあえず大丈夫と言っておく」ことに慣れてしまった政府と国民
コロナ禍で「自粛」と「給付」を経験した日本では、後者の考え方が強くなっている。政府も国民も、「とりあえず大丈夫と言っておく」ことに慣れてしまった。しかし民間企業から繰り返し聞こえてくる声がある。「大丈夫と言われるほど不安になる」。その言葉は、情報管理の限界を突いている。
そもそも、情報統制はもはや成立しにくい時代だ。政府が「足りている」と言っても、SNSには「6月に枯渇する」という情報が飛び交い、逆に「全然問題ない、騒ぎすぎだ」という声も拡散する。











