「東京にクマなどいるはずがない」との危険な思いこみ
クラクションの音や車の接近はクマの恐怖を煽った。クマは建物内に侵入し、バスの女性運転手の左耳に咬みつき、従業員たちも次々に負傷させた。最終的に職員が消火器を噴射し、クマを土産物店に閉じ込めるまで約40分間暴れ回った。
事件発生から3時間40分後、猟友会によって射殺されるまでに、助けに入った人々を含めて10人もの人間が重軽傷を負った。
直接的な死者は出なかったが、顔面への集中攻撃というツキノワグマ特有の習性により、被害者の多くは一生残る傷と後遺症、深いトラウマを抱えることになった。
現代に戻り、東京都の現状を考えてみたい。
「東京にクマなどいるはずがない」と思いこむ人は多い。高層ビルが立ち並ぶ大都会のイメージが強いからだ。
しかし、東京都の西部に広がる奥多摩町や檜原村などの豊かな山間部には、確かにツキノワグマが生息している。東京都環境局の調査によれば、都内の森林には235頭のツキノワグマが生息していると推定されている。
決して無視できる数ではない。長年にわたる手厚い保護政策や、一部地域での狩猟禁止措置が継続されたことにより、個体数は着実に回復し、分布する地域も広がってきた。
東京都内で人間がクマに襲われる危険性は?
クマの数が増える一方で、人間の生活様式は数十年の間に大きく変化した。昔の日本には「里山」と呼ばれる場所があった。
人間が薪や山菜を採るために日常的に手入れをする里山は、人間の安全な生活圏と、奥深い野生の森とを隔てる明確な緩衝地帯の役割を果たしていた。
しかし、過疎化や高齢化が進行し、手入れが行き届かなくなった耕作放棄地が急増している。クマにとって、かつては危険で近づけなかった境界線が曖昧になっているのである。
森の中にどんぐりなどの食べ物が豊富にある年は、大きな問題は起きにくい。しかし、秋の木の実が不作の年になると、飢えたクマは生きるために食べ物を求めて人里近くまで降りてくる。
放置された果樹、あるいは人間が捨てた生ごみの強い匂いに引き寄せられるのだ。一度でも人間の食べ物の味を覚えてしまったクマは、危険を冒してでも何度でも人里へ戻ってくるようになる。
では、東京都内で人間がクマに襲われる危険性はどの程度あるのだろうか。客観的な公的データを見る限り、発生頻度は極めて低い水準にとどまっている。













