基地建設現場の見学は団体を通じて20年以上続けてきた

2隻を所有し、抗議活動を行っていたとされる団体は、「ヘリ基地反対協議会」。日米両国間での「SACO最終報告」を経て米軍普天間飛行場のキャンプ・シュワブ(名護市辺野古)への移転が決まった直後の1997年から活動を開始したとされる市民団体で、辺野古での座り込み抗議や、海上での抗議活動を行なってきた。

団体はホームページや関係者を通じて、大学や報道関係者らの海上視察を受け入れてきている。学校側は、1980年の開校以来、沖縄での「平和学習」を続けているとされ、辺野古の新基地建設現場の見学も、団体を通じて20年以上続けてきたのだという。

抗議団体(団体HPより)
抗議団体(団体HPより)

団体側が16日に開いた会見で、「活動を開始してから初めての死亡事故だった」と明らかにした。

「亡くなった船長は沖縄県南城市の教会で牧師を務めるかたわらで抗議活動に参加していました。事故に遭った『平和丸』は約20年前、『不屈』は約10年前から稼働しており、2隻はそれぞれ月1回のメンテナンスのほか、船舶検査も通っていたといいます。

平和丸は最大搭載人員が旅客12人船員1人、不屈は旅客9人船員1人で、事故当時、平和丸には12人、不屈には9人が乗っていました。それぞれ定員の条件をぎりぎり満たしていた状態で、そうした状況が事故原因に関わるかどうかが今後の注目点となりそうです」(前出のメディア関係者)

亡くなった2人の冥福を祈るとともに、原因究明が待たれる。

辺野古の埋め立て(写真/PhotoAC)
辺野古の埋め立て(写真/PhotoAC)
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班