「ポア」を疑い、尊師に失望

葛藤を抱えながらも現世の生活に次第に慣れていった加奈さん。春代さんとの関係も少しずつ築いていった中学時代、忘れられない出来事を経験する。それは、春代さんと2人でテレビを観ていたときのことだった。オウム関連の裁判のニュースが流れていたと記憶している。

松本サリン事件、地下鉄サリン事件など一連の凶悪犯罪は、麻原彰晃以下教団幹部が共謀し、実行したと報じられていた。

警察官に抱き上げらえたオウムの子。ヘッドギアを着用していた(画像提供/NHK)
警察官に抱き上げらえたオウムの子。ヘッドギアを着用していた(画像提供/NHK)
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「本当はオウムはやっていないのにね」

ニュースを見ていた加奈さんは当時、オウムが事件を起こしたとは考えていなかった。教団内では「デマ」「国家権力の陰謀」ということを散々聞かされていたからだ。中学生になってからも、「オウムが犯罪を起こした」という事実を受け入れていなかった。

しかし、春代さんは思わぬ返答をする。

「いや、オウムがやったと思うよ」

思わず「え?」と聞き返した。しかし、春代さんは「サリン事件は本当にオウムがやったことだと思う」と、淡々と繰り返した。この瞬間、加奈さんの信じていた世界は大きく崩壊した。現世で生活を続けるなかで、「もしかしたら悪いことをしていたのかもしれない」と頭によぎることもあったが、「そんなはずはない」と否定してきたのだ。見ないようにしてきた事実を突きつけられたような気がした。

「そうなんだ。じゃあ、悪いことをしていたんじゃん。それは、結構衝撃でしたね。母親が言うなら、事実として受け止めましたね」

それからは、信じてきた世界が音を立てて崩れていった。教団で教えられてきたあらゆることに、疑念が生じていった。例えば、「ポア」についてもそうだ。

「殺すとは教えられてなかったんです。魂を上の世界に送ることだと聞いていて……。でも、殺すことは悪いことだと教わってるじゃないですか。殺生はいけないよって教わって、ゴキブリさえも殺さなかったのに、人を殺して『ポア』するのはどうなんだろうと思いましたね。教義と現実の矛盾は、ニュースを見てから初めて感じたと思います」

矛盾を知った加奈さんは、教祖である麻原彰晃にも疑いの目を向ける。

中学生活を送る間も、麻原は神聖な存在、絶対的な権力者だった。逮捕されたときには、自らの潔白を証明するために堂々と警察の前に出ていったはずだと信じていた。

ところが、事実は、第6サティアンの小部屋に潜んでいるところを発見され、連れ出されていた。ニュースを見れば見るほど、失望した。「尊師はズルいことはしない」と信じ、冤罪だと思っていた事件が、次々と教団の犯行だと明るみに出る。加奈さんの心は次第にオウムから離れていった。


取材・文/NHK「クローズアップ現代」取材班

オウム真理教の子どもたち 知られざる30年
NHK「クローズアップ現代」取材班
オウム真理教の子どもたち 知られざる30年
2026年3月5日発売
1,980円(税込)
四六判/256ページ
ISBN: 978-4-7976-7475-0

オウム真理教による地下鉄サリン事件から30年。「オウムの子」はどこでどう大人になったのか? カルトの影響から抜け出すことはできたのか? 安倍晋三元総理大臣の銃撃事件で注目された、旧・統一教会をはじめとする「宗教2世」問題の原点。

1995年3月20日にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件の後、山梨県の旧・上九一色村にあった教団施設から、信者の子どもたち53人が保護された。
親から引き離され、悪臭が漂う第10サティアンで集団生活をしていた子どもたちは、あれからどのような人生を歩んだのか。現在の日常生活にも、カルトの教義や修行の記憶が影を落としているのか――。
子どもが一時保護された山梨県の児童相談所の記録約2800点を入手し、そして大人になった当事者たちに会いに行くと、知られざる「オウムの子」の苦難の30年が浮かび上がってきた。
大きな反響を呼んだNHKクローズアップ現代の番組「オウム真理教の子どもたち 知られざる30年」を、放送しきれなかった当事者たちのエピソードや、膨大な資料から明らかになった新事実を加えて書籍化。
江川紹子氏&鈴木エイト氏、推薦!

●これまで表に出ることのなかった「オウムの子」の人生に初めて迫る(※すべて仮名)
「親が困るんじゃないかと思って、腕を切っていました。オウムにいたせいで普通じゃなかったということを、親にわかってほしかった」(加奈さん)
「家族にもウソの幼少期しか話してない。いつほころびが出るかなという恐怖を抱きながら、生きている」(健一さん)
「今もオウム真理教の教義の中で、信じられるものを信じています」(歩さん)
「現世に戻ったのであれば、そこでちゃんと結婚して、人間として真っ当な道を進むべきなんでしょうけど、そういう夢もないし、正直わからないです。家庭のイメージが……」(太郎さん)

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