教義に反して荒れた中学時代

衝突はあったものの、ようやくなじんだ地元での学校生活。このまま友達と同じ中学校に通うこともできたはずだが、そうはならなかった。

小学校を卒業すると、加奈さんは地元を離れ、母親の春代さんに引き取られる。母とともに別の地方都市に引っ越し、アパートで親子2人の新たな生活が始まったのだ。母と娘にとって、それは教団に入って以来、6年ぶりのことだった。

思春期を迎えた加奈さんの中学生活は荒れた。

一時保護から1年以上がたってもなお、教団と現世の暮らし、どちらが正しいのか、揺れ動いていたからだ。サティアンでの出家生活に戻ることはできないと理解しつつも、本当の居場所はここではない、という思いは、どうしても消えなかった。

加奈さんはその頃の自分を「ふわっと分離しているような感じだった」と振り返る。

「教義というか体系というか世界観みたいなものがなくなるとは思っていませんでしたね。自分がいた上九一色村のサティアンがなくなって、違うところで生きていくことになっても、オウムという宗教自体はそのまま、ふわっと残り続けるんじゃないかと思っていました。

それこそ洗脳に近いんでしょうね。幼い頃からずっとそこで生活していたから、刷り込みとして残っているという感じですね」

現在、40代の加奈さん(画像提供/NHK)
現在、40代の加奈さん(画像提供/NHK)
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加奈さんの記憶では、親子2人が暮らすアパートには麻原の写真が飾られていた。手を合わせたり、食事を供えたりするようなことはなかったが、親子の中でオウムが完全に消えたわけではなかった。日常に浸透したオウムの教えは、加奈さんの胸のうちに葛藤を生んだ。

現世で生き続けていくためには、周囲の「普通の子」たちが持っている常識や遊びを身につける必要があった。ところが加奈さんには、社会と隔絶された6年もの出家期間がある。その間に流行ったアニメや漫画、歌の話についていけないと、仲間外れにされてしまうかもしれない─。

そこで加奈さんは、大量の漫画を読みふけり、アニメをひたすら観続けた。それは、「現世の情報に触れてはいけない」という、オウムの教義に反することだった。

「一生懸命、一般人になろうとしていく。でも、それは教義に反することですよね。その葛藤で、中学時代は荒れたのだと思います」