「20歳の100万と80歳の1億円は同じくらい価値ではないか」
一方で、X上では「若いうちにしか引き出せない価値」を重視する声も強い。人にもよるが、年を取るにつれ、旅行の楽しさや美味しいものを食べたときの感動などが薄れていくことから、今の生活を犠牲にすることに疑問の声が相次いだ。X上には、
「投資は手段。人生の全てじゃない」
「お金から価値を引き出せる能力も若い頃の方が高いとしみじみ思う。20歳の100万と80歳の1億が同じくらいの価値ではないか」
「今も少しは生活を楽しまないと」
などの声がみられた。
また、金融商品への投資より、そのお金を自己投資し、自分の市場価値を高めたほうが30代以降の回収は大きい、という意見も目立った。
ここで言われているのは、単純な「投資か浪費か」という二択ではない。旅行、交友、学び、健康、挑戦といった支出は、将来の所得や幸福度に跳ね返る「自己投資」でもある、という感覚だ。若い世代ほど、お金を使って得られる経験の密度が高いという実感が、「今を削って老後に回すこと」への違和感につながっている。
さらに、より本質的な反発もある。Xでは「NISA貧乏ではなく、社会保険料貧乏、税金貧乏ではないか」という投稿も見られた。
背景には、そもそも積み立てに回せる余力の乏しさがある。国税庁の2023年分民間給与実態統計調査では、25~29歳の平均給与は約394万円。この水準の平均手取り額は、条件によって変わるが、概算で約315万程度とされる。
しかも財務省資料では、勤労者世帯の税・社会保険料負担率は平成以降の35年間で5ポイント強上昇し、その増加の大半は社会保険料負担によるものだという。さらにこの4月からは、「子ども・子育て支援金制度」が始まり、会社員や公務員の場合、26年度は平均月額500円程度、負担が増える。
若者から見れば、「投資しないから将来が不安なのではなく、手元に残るお金が少ないから今も将来も不安だ」というのが、率直な実感だろう。
もちろん、NISAそのものが悪いわけではない。長期・積立・分散を非課税で後押しする制度としての意義は大きい。だが、制度の普及が若年層の生活不安の上に成り立つなら、それは金融政策の成功でも、家計の健全化でもない。
政治が本当に向き合うべきなのは、「もっと積み立てろ」と呼びかけることではなく、若者が今を壊さず、将来にも備えられるだけの可処分所得、賃金、社会保障の見通しをどう作るかという問題だ。「NISA貧乏」という言葉がここまで流行したのは、投資への反感が強いからではない。安心して使い、安心して貯められる社会が、まだ十分には見えていないからである。
取材・文/集英社オンライン編集部













