ヨーロッパ全域で信用されなくなったアメリカ
そもそも、アメリカの近時の立ち振舞いはヨーロッパの人々を本気で怒らせており、それが反対運動の基底にあるため、この種の抗議活動がかなりのレベルで一般大衆に支持されているという構図がある。
それ故ICEに抗議するイベントでの逮捕者をそのまま留置しておけば世論を敵に回すことになりかねない。また、取り締まる側の警官も欧州の一員であるイタリア国民であるため、米トランプ政権にはやはり反感を持っている。
そもそもミラノ市長自身が、「ICEは歓迎されない」と述べており、当局ですらその派遣に不快感を示していた。
このように、イタリアはもちろんヨーロッパ全域でアメリカが信用されなくなってしまっているため、抗議活動のリミッターが外れ、五輪デモは巨大化したのではないだろうか。どうもトランプ政権の対外政策は、多くの無形の財産を失っているように思えて仕方がない。
また、デモ翌日の「後夜祭」がそうだったように、一見暴動に映る抗議活動は見かけほど危険な状況にはなっていない。弾丸が水平に飛んでいるように見えるのは市販の花火や爆竹に過ぎず、その意味ではさほど恐ろしいものではない。
2月8日に実際にデモ行進の舞台となったミラノ市内の大通りを歩いてみたのだが、放火や略奪の跡もなく、治安が平穏に保たれていることが見てとれた。こうした抗議のスマートさはやはり、粋なイタリアならではと言ったところだろうか。
ミラノでの反五輪デモを見て、ついつい想像してしまうことがある。コロナ禍で無観客試合として開かれた東京オリンピックや北京冬季オリンピックが、もし通常通りに開催されていたら、この種の反グローバリズムデモに、適切に対処できていただろうか?
現場を想像すると、無観客大会となって警備の負担は格段に軽減されたという点は否定できないのではないだろうかなどとつい思ってしまう。
ミラノでの反五輪デモのパワフルさを見るにつけ、「これが東京や北京で起きていたら、どうなっていたことやら」と、不思議な感慨を覚えたオリンピック体験であった。
さて、競技の話に戻ろう。私が観戦した女子アイスホッケーの試合は、わが日本がイタリア相手に善戦したものの、2対3で惜敗してしまった。観客の90%がイタリア人と思われるあのアウェイの会場で、最後まで堂々と戦った日本女子チームには心からの拍手を送りたい。
文/井出明













