被爆二世への忖度しない取材で知った原爆の本当の苦しみ

──特攻隊員の二人芝居をきっかけに、長崎の被爆二世の団体からは原爆漫才を、元島民で構成される「千島連盟」からは北方領土をテーマにしたネタを依頼されるなど、社会をテーマにした活動の幅も広がってきました。こうした社会テーマを扱うネタづくりは、一般的なネタとどんな点が違いますか。

阿部 作る段階で、すごく気を遣います。アイヌ民族を扱ったこともあるのですが、「自分が演じていいのか」と悩みました。発音や背景を学びましたが、それでも当事者の方が見てどう思うか不安で。

センシティブな題材だからこそ、どこを切り取って笑いにするかが重要です。そのため今は当事者の方に取材を重ねてネタを作っていますね。

──取材の際は、どんな話を聞くようにしていますか。

竹森 悲惨な体験だけではなく、当時の楽しかった思い出も必ず聞くようにしています。被爆された方も北方領土から引き揚げてきた方も、日常の中ではふざけたりもするし、笑いもある。そういう話をたくさん聞いていると、「どこを笑いにしてもいいのか」というラインが、少しずつ見えてくるんです。

あとは、率直に「何を伝えたいか」を尋ねます。原爆をテーマに依頼を受けた際、被爆二世の方に取材するのですが、最初は何を一番伝えたいのかが見えなかった。

誰もが「原爆は恐ろしい」というメッセージは知っているので、それだけでは届かないと感じていました。そう感じて深く話を聞いていくうちに、「つらいのは心の傷」というキーワードが出てきました。

重度の被爆者の方は、すぐに亡くなってしまういっぽうで、軽度の方は目に見える外傷がないまま生き残る。けど、いつ何が起こるかわからないし、子どもにも何か影響があるかもしれない。そんな不安を何十年も抱え続けてこられた。

竹森巧さん (撮影/石田壮一)
竹森巧さん (撮影/石田壮一)

 ──被爆のつらさは、肉体的な苦しみだけではないんですね。

竹森 しかも当時は、被曝は感染(うつ)ると思われていた。昨日まで仲が良くて、優しかった人たちが被曝したとわかると途端に距離を置いてくる。縁談がなくなることもあった。人間の裏側を目の当たりにし、心が擦り減っていく。唯一の被爆国として前例のない状況で、情報も錯綜していたわけです。そうやって当事者の声を深く聞いていくことで、現代にも通じるテーマが見えてきて、それをネタづくりに生かしています。