「中道」という党名を斉藤氏が連呼、野田氏は…

さらに党は、候補者名簿の中で当選者の名前の上に花をつけていくイベントを予定していたが、これもやめたとアナウンス。あまりの負けっぷりにきまりが悪いと感じたとみられる。

しかし自民党ならこれまで、選挙で大敗した時も花がまばらな名簿の前で幹事長が苦々しい表情を浮かべるのをメディアに撮らせてきた。中道はこれと対照的な態度に見える。

22時台になり野田、斉藤両氏が並んで壇上に座り、テレビ各局の中継に応じ始めた。責任の取り方を問われた野田氏は大勢が判明していないことを理由に明言を避けたが、「腹は決まっている」と辞任を示唆。

各局の中継リレーが終わった後の9日未明には、開票センターに集まった記者を相手にした会見で「これだけの大敗を喫した。万死に値する大きな責任だと思っています」とかなり明確に辞意を示した。

2月8日、メディアの質問に答える野田佳彦共同代表(撮影/集英社オンライン)
2月8日、メディアの質問に答える野田佳彦共同代表(撮影/集英社オンライン)

野田氏は大敗の原因を「新しい党を作る動きは去年の秋からやっておりましたけども、まさか国会召集日に解散をする事態までは想像しておらず、そのぶんコアな支持層への説明等が十分できないままにぐっと押し込まれた」と分析。

さらに「なんとも言えない独特の空気」にのみ込まれたとも説明した。説明を求められると、

「総理に対する期待感、熱狂ではないんだけど、なんかもう空気として『総理は高市さんじゃなきゃね』『だとすると自民党を応援しなきゃね』という……。自民党が何を考えてるかとか、政治と金の問題とかっていう個別の問題を超えたところで、何かもうすごい空気が漂って、抗いがたいという状況の中で今日を迎えたなということです」

と、高市旋風になすすべがなかったと吐露した。

2月7日、二子玉川公園前で最後の街頭演説をする高市早苗首相(撮影/集英社オンライン)
2月7日、二子玉川公園前で最後の街頭演説をする高市早苗首相(撮影/集英社オンライン)

いっぽう会見では野田氏も斉藤氏も新党結成は間違っていなかったと強調しながら、微妙な温度差を感じさせた。「中道」という党名を斉藤氏が何度も挙げたのと対照的に、野田氏は一度も口にしなかったのだ。政治部記者も「各局のリレー出演でも野田さんはほとんど中道と口にしなかった気がします」と話す。

「ボロ負けの選挙でも2人の損得は明暗を分けています。各ブロックで比例名簿の上位で優遇された旧公明系候補は次々と当選し、公明系だけでみれば改選前の24議席が28議席に増えています。負けたのは旧立民系だけとも言えます」(政治部記者)

会見で斉藤氏は、旧公明系が党を割って公明党に戻ることはないのかと聞かれると、逆に「今後参議院、そして地方議員も1つ、中道という党に結集していくという方向性です」と返し、党合併を深化させることに意欲を見せた。野田氏は押し黙っていた。

「こんなはずではなかった…後ろ盾もなく従うしか道はなかった」ある立民の若手候補者は敗戦後、記者の電話に声を震わせた。

幹部だけが決めた新党移行。それなのに小選挙区で公明票の上積みを実感できないまま落選した旧立民系の候補者は、比例復活の道も最初から閉ざされるに等しい状況で選挙を戦わされたわけだ。

それを見ても立民の参院議員や地方議員は公明と一体化するのか。それともこの総選挙に懲りて分裂の動きが出るのか。立民側にとってはどちらに向いてもいばらの道になる気配だ。

2月9日未明、記者会見を終え席を立つ野田佳彦共同代表(左)と斉藤鉄夫共同代表(撮影/集英社オンライン)
2月9日未明、記者会見を終え席を立つ野田佳彦共同代表(左)と斉藤鉄夫共同代表(撮影/集英社オンライン)
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班