引退すると、やることがない
そんなSさんが仕事を続けることに不安を感じるようになったのは、62歳頃のことだった。
「徐々に体の疲れが取れなくなっていった。特に危ないのは夕方ですね。車の運転中に眠気が襲い、センターラインを越えてしまったり、気が付くとガードレールにぶつかったりしたことがありました」
Sさんは身の危険を感じたものの、引き際を決められないまま、ズルズルと仕事を続けた。社内でも、Sさんを心配する声が上がるようになった。
「『このまま続けていて大丈夫か、そろそろ引退したほうがいいのでは』、そうしたお声がけは経営陣からもありました。でも、退職勧告を受けたわけではなかった。続けてきたのは、“私の意思です”」
成約の達成感は何度味わってもうれしい。取引先の営業マン、工場長から「Sさんにお願いしてよかった」と言われるとやりがいを感じる。しかし、疲労は年を追うごとにひどくなる。やりがいとの板挟み。疾走を止めたいのに、止められない。ブレーキを踏めないまま、Sさんは走り続けた。
実はもともとSさんは、60歳で引退するつもりだったのだという。50代の後半に、80歳で人生が終わるという計画で、どれくらいのスピードで貯蓄を取り崩していくかも考えていた。
「私たち夫婦は子どもがいないので、60歳からは年金をもらって生活するつもりだった。働き続けたのは経済的な理由ではなく、ほかにやることがないから。“私の意思です”」
しかし車の事故の危険や、自身の疲労度も考え、Sさんはとうとう67歳の時に会社を退職、年金の受給を開始した。しかし恐れていたことが起こってしまう。
「やることがない。寂しい。仕事以外に知り合いがいない。趣味もない。学校の同級生などとも連絡を取っていなかったので、今どうしているのかも知りません。近所づきあいもまるでない。不安ですよ、不安。自分の存在価値ってなんだろうと。それが一番辛かった」
Sさんは「こんなことを申し上げて、本当にお恥ずかしい限り……」と恐縮している。
しかし、これは「恥ずかしいこと」なのだろうか。
Sさんのように長時間労働が当たり前で、「ワーク・ライフ・バランス」などがなかった世代にとっては、それが普通の働き方だった。いや、今でもそうした働き方をしている人のほうが多い。だからこそ会社を離れると孤独、社会から放り出される不安。
第二の人生に手ぶらで突入しなければならないのは、彼らの責任ではない。家族との団らんや趣味に没頭する余裕、自分の人生について深い考えを巡らすような時間を、男性たちは仕事によって奪いつくされてきた。そのこと自体が異常なのだ。
サラリーマンに人生を捧げることを要請してきたのは、ほかならぬこの社会である。働くことを賛美し、仕事道を極めることが至上命令になってきた。Sさんはその犠牲者だ。
文/若月澪子













