廃業前の浅草観音温泉

遊廓の守り神として信仰されてきた歴史がある吉原神社で入手した「吉原現勢譜今昔図」を手に「吉原のいま」を歩いた。周辺には、約120軒のソープランドが現存している。

揚屋町通りの現在「カサノヴァ」が営業している付近は、かつて吉原初のトルコ風呂「東山」があったことで有名だ。

『トルコロジー』(広岡敬一著/晩聲社・ヤゲンブラ選書)には、1958年7月開業とあり、トルコ風呂は東山をきっかけに雨後の筍のように増えたそうだ。

吉原神社(写真/PhotoAC)
吉原神社(写真/PhotoAC)

揚屋町通りから仲之町通りに入り、京町通りとの交差点を目指した。この付近に東山と同時期に開業したトルコ風呂「ミッキー」があったという話を聞いたからだ。

現場到着、ミッキーではなく、ソープランド「信長」が京都の町屋風の店構えで佇んでいた。ホームページには「熟女専門」「吉原の伝統を守り続けて創業30年」とある。果たしてミッキーと信長の関係は——。

この地で古くから蕎麦店を営む店主によれば、「ミッキーは約30年前に屋号を信長と変えた」という。吉原現勢譜今昔図にある1958年当時の地図でも同地にミッキーが確認できた。

「古い付き合いだからよく知ってるけど、経営者はそのままだよ」と店主。東山に続くトルコ風呂のひとつと見られる。

「現存する最古のトルコ風呂」を求めて浅草観音温泉に向かう。場所は浅草寺の西隣、浅草花やしきの前。だが、あるのはお祭り商店街・西参道で、浅草観音温泉は跡形もなくなっていた。

近隣で商店を営む店主によると、2016年に閉店し、2018年に解体されたという。賑やかな商店街の入り口の顔としての現在の姿になったのは、2013年ごろのことだ。

表向きは、その名のとおり温泉銭湯。しかし密かにトルコ風呂としても営業するというふたつの顔を持つ。そんな全貌は明らかになることなく潰えてしまったのか——。

浅草花やしき(写真/Shutterstock)
浅草花やしき(写真/Shutterstock)

実は、廃業前の浅草観音温泉に潜入取材していた。

2008年ごろのことだ。地元が浅草の先輩と、浅草を散歩した。浅草寺に参り、花やしき前を通り抜けたところに、古い3階建てのビルがあった。パッと見は一般的な銭湯のようだが、不思議と入り口が左右にふたつ。その答えは浅草が地元の先輩が知っていた。

「左が1回700円の公衆浴場、右が総額8000円のトルコだ。地元では有名だぞ」

後日、あらためて足を運んだ。まずは受付で初老の男に入浴料の4000円を払い、「入浴券」と書かれた紙切れをもらう。

「時間は60分ね。んじゃ、靴を脱いで2階に行って」

指名はできないらしい。靴も自分で靴箱に入れるらしい。

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
写真はイメージです(写真/PhotoAC)

おそるおそる2階に上がった。てっきり、ソープランドによくある待合室があり、三つ指をついた泡姫が現れるものと思っていた。だが、そこには誰もいなかった。待合室もなかった。まるで廃墟病院のように寂れた廊下の左側に、個室が8つ並んでいるのみだ。

急に寒気が襲ってきた。スリ足で進むと、突然、扉が開いた。