「自分らしくいられる空間を見つけた」

カフェの仕事にも慣れてきたある日、両親からこう切り出された。

「私たちも、もうそんなに長くは生きられないので、先のことを考えて、あなたは1人で自立して欲しい。あなたは、本当は何でもできるから」

それまで一緒に住んでいた家は、結婚して子どもが生まれた妹に譲って、自分たちは別の住まいに移るとも。

その話を東京の会社の人にすると「シェアハウスをする予定なので入りますか? 東京のほうが仕事もあるよ」と言われ、38歳で上京した。

「その会社主催のボランティア活動で能登に行ったのですが、写真を見て自分でも驚きました。以前は写真を避けるほど表情が死んでいたのに、笑顔だったから。

その写真を両親に送ったら、母が『お金を稼いでなくても、幸せそうな姿が見られて、本当によかった』『もう十分がんばってる』と言ってくれて、涙が止まりませんでした。

嫁いびりで苦しい思いをしていた時期も、ずっと味方でいてくれた母の存在が、今の私の土台になっているのだと強く感じた出来事でした」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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少し前から学童で働き始め、大人も子どもも関係なく、目の前の人に本気で向き合う日々だ。プライベートでは、アニソンを中心に楽器演奏に合わせて歌う即興セッションができるお店に通い、ボーカルとして参加している

「『歌うのが好き』と伝えたら、『それさえあれば十分だ』と受け入れてもらい、自分らしくいられる空間を見つけました。自分では当たり前だと思っていたことも、他人からみれば価値のあることだと、仲間との交流を通して教えてもらいました。

自分の中にある『気になる』『好き』に気付き、それが少しずつ勇気となって、仲間と出会い、自己表現も学べました。

繊細で泣き虫で、苦手なことが多い自分も、受け入れられるようになりました。これからも、『自分らしさ』を探しながら、支えてくれた人たちへの感謝を胸に生きたいと思います。

タイムマシンがあったら、過去の自分をぎゅっとハグして、『よく頑張ったね』と伝えに行きたいです」

〈前編はこちら『毒祖母、家庭不和、就活の失敗、そしてひきこもりに…「自分が自分の存在を許せない」39歳女性の自身を責め続けた人生』

取材・文/萩原絹代