「あなたがいたから離婚できない」不仲な家族関係
深謝さんは、石油系の会社に勤める父と、高卒で事務の仕事に就いていた母との間に生まれ、3人兄弟の長女として関西で育った。
「父は、良くも悪くも『素朴な田舎のおっちゃん』で、対外的には外交的で面倒見がいい人でしたが、仕事人間でほとんど家にいなかったので、家庭ではほぼ会話がありませんでした。他人の感情を理解するのが苦手で、無神経な言動を繰り返し、アルコールが入ると人格が豹変。父に関していい思い出はありません」(深謝さん、以下同)
一方、母親は高校生の頃から鶏卵を売る仕事をして弟の学費を稼ぎ、家計を助けていたという苦労人。結婚後は専業主婦となったが、義母に尽くすも「長男の嫁だから当たり前」と冷遇されたが、一度も味方になってくれなかったことなどから、今でも父親を恨んでいる。
「母は嫁姑や夫婦関係への不信感からくるストレスを抱え、子どもを殴ることはしませんでしたが、年に数回、大切にしていた皿を叩き割る人でした。小学校低学年の頃には『あなたたちがいたから離婚できなかった』と言われ、『子どもを言い訳に使うな。お母さんみたいな人生は絶対に嫌だ』と反面教師になりました」
そして、妹との関係も「最悪だった」。
「物心ついた時には両親の膝は妹の場所だったので、嫉妬心があったのだと思います。姉妹喧嘩でキレた私が、石を投げつけたこともあります。妹はとにかく独立心が強く、自力更生主義者のため、長女の私を見て、『あんないい加減な人間になってはいけない』と思って生きてきたそうです」
さらに、6歳違いの弟との関係も良くなかった。
「弟は、初男孫ということで甘やかされて育ちました。弟が生まれる時、姑や親族との関係が悪く、誰にも頼れなくなっていた母は、私の世話まで手が回らず、見知らぬ他人宅(母親の親友の家)に突然私を預けました。『親から捨てられた』と感じた私は、性格が歪むきっかけになりました」













