“普通”にとらわれていた自分に気づいた

3回目のひきこもりは、過去最長の3年間続いた。だが、極力自室にこもっていた前回までとは違い、今回は家族と話をする時間が増えた。

「ずっと祖父の死を引きずっていることを話したら、母に『あなたのせいじゃないよ』と言ってもらえて、やっと自分のことを許せるようになったんです。

そんな話をしているときに父が逃げようとしたので、母が『今、大事な話してんねやから、こっちにいなさい』と言ってくれて。それ以来、父も聞いてくれるようになりました。

妹には、『ADHD(注意欠如・多動症)ちゃうか』と言われて、発達障害の本をもらいました。数年前に検査を受けて診断がおりましたが、確かに、私は子どものころから衝動性があって、思ったことを口に出しちゃうところがあったので、友だち作りは下手でした。

夜遅くまで起きていたのも、ギリギリまで行動が起こせないのもADHDの特性だったんですね。

祖母も衝動的で似ている部分があるので、ADHDだったのかもしれない。反面教師にしています」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)

そんな風に家族と話ができるようになったのはどうしてか。不思議に思って聞くと、藤原さんは「私自身が変わったからでしょうね」と答える。

変わるきっかけは、ハローワークでかけられた言葉だ。ひきこもった後、失業保険の手続きでハローワークに行き、これまでの経歴を伝えると職員にこう言われた。

「あなたは普通であろうとしたんですね。あなたの年代はそういう人が多いのよ」

その言葉を聞いてハッとした藤原さん。ようやく自分が“普通”にとらわれていたことに気がついたそうだ。

「母は特に普通でいなきゃという意識が強くて。私も母の言う通り、どうやったら普通のレールに戻れるかってことばかり考えて行動していたんですね」