みんなでつくろう「天下一品」プロジェクト
当時、石材店には、深夜に石灯籠を盗みに来る泥棒がよく出ていた。そこで、石材店の横でラーメンの屋台をやりながら、泥棒のトラックが来たら叫んで追い返す役割を担うことで、空き地を貸してもらえることになったのだ。
木村会長が見張りをするようになってから泥棒はいなくなり、木村会長は石材店の社長にいつしか信頼されるようになる。石材店の横にテントを出して3年間もがきながら営業を続け、少しずつお客が増えていき、常連客もつくようになってきた。
当時の京都では多くの交差点に屋台のラーメン屋があり、その味の多くは醤油のあっさり系だった。
木村会長も醤油ラーメンを提供していたが、このままでは飽きられる危機感があった。そこで会長は常連客に自分のラーメンの感想を聞いて回り、その感想をもとに、材料をああでもない、こうでもないと毎日試行錯誤して味の改良をしていく。言い方は悪いが、「お客さんが実験台や。だから毎日味変わるねん」と言って、当時は日々味を変えていた。
実験をしながら日々味が変わっても毎日お客さんが来ていたのだからすごい。常連客は毎日味の変わるラーメン店になぜ来ていたのか。
それは、「店主(会長)とおしゃべりをしたい」からである。
もちろんラーメンを食べに来ているわけだが、それ以上に木村会長に会いに来ていたのだ。「日々の出来事を会長と話すと次の日の活力になる」。会長にはそんな不思議な力があった。会長はラーメンの感想を、何気ない会話のなかで聞いていたのである。
こうして、お客さんとともにラーメンの味をつくり上げ、会長は1つの道に辿り着く。
屋台を始めて3年9か月の試行錯誤の末、現在の「こってりラーメン」の原型となるこってりスープを完成させる。会長が求めていた、自分にしか出せない味がついに完成したのである。
そして、石材店の社長が建てたビルの1階に、ついに店を構えることになる。
こうして1975年、天下一品総本店が誕生した。
店がオープンしたときは、いろいろアドバイスをしてきてくれた常連客が「おめでとう」と言って集まってくれた。まさに「みんなでつくろう『天下一品』プロジェクト」である。
文/井手隊長 写真提供/天下一品 サムネイル写真/Shutterstock













