「芸人に花は似合わないのです」

芸人に関して言えば、流石に謙虚過ぎると面白みに欠けてしまう。だからほどほどに毒があった方が好かれる。でも「俺様こそが一番!」になると好かれない。

それなのになぜ、松本人志、談志、そして粗品はそれを言うのだろうか。言うことがはしたないと、当人達はわかっている。でも、はしたないところ、恥ずかしいところを見せるほど芸人は光り輝くということも彼らはわかっている。談志は講演会とかで最後に花束を贈呈されると必ずこう言っていた。

「芸人に花は似合わないのです」

まともな社会人ではない、世の中のブラックな部分を描くのが芸人の本質。談志はちゃんとしていることを言う人を嫌っていた。本当にちゃんとしている人は好きだが、いわゆる似非、我こそが正しいと思っている奴らを毛嫌いしていた。

「テレビに出ている文化人共は嫌だねぇ。あいつら自分は正しいと思っていやがる。自分を正しいとか本物だとか言えるやつは偽物だ。俺は自分で自分は間違っているのじゃないかと思っている。自分は偽物だということをわかっている。自分を偽物だと思っている俺様こそが本物なんだよな」

何だかよくわからないが。

粗品は自分が偽物だとわかっている。だから日本人が一番嫌う、謙虚至上主義の日本教から逸脱するような発言をする。で、名前は粗品。名前だけは謙虚。間違いなく本物の芸人である。

ただイリュージョンはどうだろうか。彼はまだ若いので、イリュージョンに行くにはまだ早い。私も若い頃、談志から「イリュージョンをやるにはまだ若過ぎる」と言われたことがある。

まあ、ランジャタイみたいに若いのにイリュージョンに入っていった芸人はいるが。ランジャタイやトム・ブラウンはむしろイリュージョンしか出来ない。松本人志のように徐々にイリュージョンの色合いを濃くしていった芸人に粗品は似ている。

ただ松本人志より、もっと露骨にターゲットを決めて、笑いに関係なく攻撃をする。それを私なんかは面白いと思うが、理路整然と批判する先輩もいる。

本音を言うなれば、小言は当人にだけ言うべき。芸人は世間に向かって小言を言うべきではない。志らくお前は? この本は? あのね、これは小言ではなく、論です。的確な、見事な芸人論! 談春には書けないよ、って粗品と変わらねえな。

多分、粗品の攻撃はやがて芸として固まるであろう。固まらなきゃただのチンピラだよ。今後、粗品は間違いなくイリュージョンの世界に入っていく。どんな芸人になるのか、最も楽しみな若手芸人である。追伸、お願いだから私を攻撃してこないでね、ぺこっと。だらしねえなあ、私。

文/立川志らく

『現代お笑い論』(新潮社)
立川志らく
『現代お笑い論』(新潮社)
2025年12月17日
1,034円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4106111105
「なんだかわからないけど、面白い」はなぜ生まれる? 〝全身落語家〟を標榜しながら、若手芸人の登竜門M-1グランプリの審査員を務めた著者は、「ぶっ飛んだ」漫才を高く評価する審査を貫き、いつしか個性派を指す「志らく枠」という言葉まで生まれることに――ランジャタイ、トム・ブラウンを見出した落語家が、超ニッチな若手からレジェンドまで総勢90組を縦横無尽に論評、現代の「お笑い」の真髄に迫る!
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