ネット書店にはない、本屋だけが持つ力

地域で愛された街の本屋の閉店が決まり、告知するとお客様からこんな言葉を掛けられたそうです。

「困るわぁ。毎月買うてた雑誌とか、子どもの本とか  ー  どこで買うたらええんやろ?」

「近所の本屋がのうなるなんて、ほんま困るで。どうしたらええんや?   最近はコンビニでも雑誌、置いてへんやろ……」

これは、関西のある主婦の声ですが、同じような声が、全国各地から聞こえてくるようになりました。かつては、どこの町にも当たり前のようにあった「街の本屋」。  それが今、静かに、けれど確実に、姿を消そうとしています  —  。

インターネット書店の普及により、本はどこにいても簡単に手に入るようになりました。本屋がその存在が求められるのは、自分が探していた本だけでなく、思いがけない本との出会いが生まれる場所だからです。

「何か良い本はないか」と棚を眺め、背表紙を指でなぞる。その過程で、まったく予想していなかった一冊が目に留まり、心を動かされることがあります。この「知的な偶然の出会い」こそが、読書の醍醐味の一つです。それこそが人が無意識のうちに本屋で発揮する「セレンディピティ」です。

たとえば、仕事に行き詰まっていた会社員が、たまたま手に取ったビジネス書に背中を押された。親の介護に疲れていた主婦が、ふと見つけたエッセイの一節に、思わず涙をこぼした。離職したばかりの男性が、旅の本の中に「もう一度、自分を見つけに行くヒント」を見つけた。

あなたにもそんな経験はありませんか?

この偶然によってもたらされる出会いによって、本は、開いたときに現れるストーリーだけに留まらず、あなたが本と出会うというストーリーも付加され、読書体験により大きな喜びを付加してくれます。そして、これこそが、本屋の持つ大いなる意義なのです。

それは自分で検索して選んだ本ではなく、たまたま立ち寄った本屋で思いがけず出会った一冊。探していなかったのに、今の自分にいちばん必要な言葉が、そこにある。こうした「偶然の幸運」は、ネット書店にはない、本屋だけが持つ力です。本屋は、ただの本の販売所ではありません。人が迷ったとき、立ち止まったとき、そっと寄り添う場所です。

しかし、日本で実際に店舗を構える本屋(外商だけの本屋を除く)は、2023年には11,000店を下回りました。ピーク時の約23,000店から三分の一以下に減ったのです。その上に街の本屋の稼ぎ頭である教科書がデジタル化されて電子教科書が本格的に導入される方針の2030年には、紙の教科書の納品は不要になる可能性さえあります。

売り場を持つ書店数の推移 図書カードリダー設置店数(※日本図書普及)
売り場を持つ書店数の推移 図書カードリダー設置店数(※日本図書普及)
すべての画像を見る

※政府は、2025年度までにデジタル教科書の普及率を全国の小中学校で100% とする目標を掲げています。また、文部科学省の方針として、2030年度からはデジタル教科書を〝正式な教科書〟として使用するスケジュールも示されていますが、ご存じでしたか?

この急激な書店の衰退の背景には、日本独自の出版業界の構造的問題があります。「プロローグ」でもお伝えしたように本屋の急激な衰退は日本特有の現象です。