「浜田さんがいなければ、今の僕はいない」
彼の人生の転機を聞く上で、「今の自分をつくった恩人」としてもうひとり名前を挙げた人物がいる。それは誰もが知る大物芸人だ。
「やっぱりダウンタウンの浜田(雅功)さんですね。たくさんの人にお世話になったけど、浜田さんがいなければ、今の僕はいないです。
まだ芸能界でどう振る舞っていいか分からない頃からバラエティ番組も一緒にやらせてもらったりして、いろんなことを教えてくれました。僕自身、現在は吉本興業に所属させてもらっているのですが、最近も浜田さんに食事に連れてってもらいました」
浜田とけんじの繋がりに驚きながらも話を聞いていると。
「実は、『ロードオブメジャー』を作ったのも、浜田さんと僕なんですよ! あんまりみんなに知られてないけども(笑)」
19を聴いていた世代ならばおなじみのロックバンド「ロードオブメジャー」。彼らはインディーズデビューシングル「大切なもの」をリリースすると、19週連続オリコントップ10入りを記録するほど大きな活躍を見せた。
そんな彼らは浜田がMCを務め、けんじも出演していたオーディションバラエティ番組『ハマラジャ』(テレビ東京)から生まれた。その結成にはけんじも関わっている。
「ロードオブメジャーは全国の実力ある若者をヘッドハンティングして作ったんです。僕のルーツである沖縄と広島の子もいましたね。日本地図に顔写真を貼って、メンバーを組み合わせていく。高円寺の僕の家の近くで、みんなで共同生活をやってましたよ。その物件も小林さんの物件でした」
懐かしみながら笑顔で話すけんじは続けてこう話した。
「あのバンドが売れすぎて、僕らの存在がすっかり忘れられちゃったんですけどね(笑)。でも、あの経験はほんとうに大きかった。今もたまにバンドのメンバーとは連絡とったりしてますよ」
19解散後、自らもバンドを結成し、単独でもテレビに出演。その傍ら、不動産業や飲食業などにも力を入れ、新たなことに挑戦しながら27年の時が経った。現在彼は46歳。トレードマークだった金髪は今も健在で、その眼差しはあの頃のままのように思う。
そんな彼は2025年10月31日にハワイアンカフェをオープンした。自ら内装の打ち合わせにも参加し、細部にまでこだわっているという。自ら施工にも参加した。
「工事が大変すぎて僕も擦り傷とかできながらつくりました(笑)。でも自分でやらないと気が済まない性格なんですよね。ステージもつくったので、これからもここでイベントとかいろんなことがやれたらいいなって思います」
今回のインタビューで彼が終始語っていたこと、それは19のメンバーも含め「仲間を大切にしたい」ということだった。「これからも人が繋がる場所を作りたい」と笑ったけんじ、そのためなら「俺は何を言われてもいい」と覚悟ある表情を見せた彼は、優しくも力強い音楽人だった。
取材・文/桃沢もちこ 撮影/矢島泰輔

















