「白」が七割、「黒」が三割

――執筆をされるうえで、プロットは立てているのですか。

砂原 実はそれほど立てないタイプで、『武家女人記』だと一作あたり二行ほどの大まかな設定を決めるだけでした。長編の場合は、登場人物の設定は割合しっかり固め、ストーリーは出だしと結末だけ決めて、途中を探っていくかたちで書き進めることが多いですね。いずれにせよ、細部まで固めて書くタイプではありません。

――「縄綯(なわな)い」の展開に衝撃を受けたんです。足軽の家に嫁いだ主人公のたえが夫を事故で亡くし、生きていくために縄綯いの仕事をはじめるというストーリーですが、この作品も先々の展開を細かく決めずに書かれたのでしょうか。

砂原 そうです。「縄綯い」は、「主人公は足軽の女房。夫を亡くし、生活のために縄を綯う」という設定だけ決めて書き始めました。以前刊行した市井ものの短編集『夜露がたり』もそうですが、短編の場合はシチュエーションのみ設定し、書いていくうち、それぞれの結末にたどり着くケースがほとんどですね。

――『夜露がたり』は、人間が抱える暗部を抉り出すような短編集でした。今作でもそういった方向性の作品がいくつか収録されていますね。

砂原 今回は明るい物語と暗めの物語の配分に心をくだきました。「白」と「黒」でたとえるなら、白が七割、黒が三割といったところでしょうか。明るめの話を中心にしつつ、隠し味としてダークな色合いのある話を加える構成にしています。

――「小説すばる」に掲載された順番と収録順が異なりますが、その意図についてもお伺いできますか。

砂原 収録順については、巻頭に「ぬばたま」を置き、それに続くかたちで「背中合わせ」を持ってくることはあらかじめ決めていました。

――「背中合わせ」は、勘定方の下役頭を務めている夫の言動を訝しんだ主人公・茅乃が、その隠しごとを探っていく一編ですね。なぜこれを二編目にしようと思われたのでしょう。

砂原 「ぬばたま」は主人公が十代の娘。内面の葛藤が中心になっていて、いわば文芸的な味わいの作品です。一方、「背中合わせ」の主人公は妻であり、母。そして、時代小説の醍醐味であるチャンバラの要素も取り入れました。この二編を並べることで、作品集としての間口を広げられると考えたんです。三編目以降は、一冊の本としての読み味を考えながら順番を決めていきました。

――三編目は「嵐」。中老の妻である雪絵が、小者として新たに雇った若い男に惹かれていく話です。「ぬばたま」や「背中合わせ」とはまったく異なる読み心地でした。

砂原 これがさっき言ったダークな色合いの作品ですね(笑)。「背中合わせ」がエンターテインメントとして成立しているので、その後に少し異なるテイストの作品を置くのがよいかなと考えました。四編目の「緑雲の陰」もまた違った趣がありますので、いろいろな味わいを楽しんでいただけるのではないかと思います。

――「緑雲の陰」の主人公・倫は大名家の正室として江戸屋敷で生活するなか、世継ぎを巡る問題に巻き込まれます。歴史小説ならともかく、ここまで身分の高い女性が主人公の時代小説は珍しい気がします。

砂原 天璋院篤姫のような将軍の正室を扱った作品はありますが、架空の物語で大名の家族、とくに正室という設定は少ないかもしれませんね。それは身分の高い人間ほど、ある意味、最も大きな枷をはめられているからではないでしょうか。主人公自身を動かしづらいので、事件を起こしにくいんですよね。どんな小説でも、主人公が行動しなければ物語を進めるのは難しいですから。

――執筆するのも大変だったのでは。

砂原 小説として書く難しさという意味では、収録作のなかで最も苦労したかもしれません。好き勝手に外を出歩かせることもできないし、放っておくと何も起こらない。そんな彼女の人生に、藩の世継ぎ問題という波風を立たせることで、ドラマが生まれるような筋立てにしています。

――(みち)のモデルとなった人物はいるのでしょうか。

砂原 特定の人物の情報を取り入れることはしていません。他の武家ものも同様ですが、具体的な史実から着想を得ることはほとんどなくて、むしろ「こういう人物がいたのではないか」と想像しながら作っていく場合が多いです。だから逆に、当時の空気を知るための史料にはできる限りくわしく当たるようにしていますね。

 ただ、調べることに気を取られすぎないようにもしています。どちらかといえば、文章やストーリーの推敲(すいこう)により多くの時間を割くほうです。考証は非常に大切ですが、小説である以上は、読者に楽しんでもらったり感動してもらったりすることが、いちばん重要ですから。

「武家の女性像を問い直す」『武家女人記』砂原浩太朗 インタビュー_3
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