本能寺の真相と権力を持った人間の様相
――堺商人をメインに据えることで戦国の見え方が変わってきますね。合戦をするにも何しろ金がかかるし、あの時代に生き残ることができたのは、戦費を賄(まかな)い、家臣を食わせられる武将だけだったんだということを改めて感じました。
上田 戦国時代の家臣は、まともに金を払えない主君は簡単に裏切ります。まあ、最も金払いの良い武将だった信長が最終的に家臣に裏切られているというのが、皮肉と言えば皮肉ですが。
――物語後半の展開は意外性がありました。信長が松永久秀、別所長治、荒木村重らに裏切られ、それがやがて本能寺の変に繫がっていくという。
上田 信長から山ほど金をもらっていたはずの明智光秀が謀反を起こすには、何かそれ以上の利がなければ割に合いませんからね。そこから本能寺の真相というのを考えてみたんです。
――堺商人が辿(たど)り着いたその「真相」についてはぜひ本作のクライマックスをお読みいただきたいのですが、そこから浮かび上がってくるのは、権力を持った人間の危うさでした。そして、読みながら現代社会における地政学であったり、今まさにロシアとウクライナのあいだで起こっている事態を想起せざるをえなかったというか……。
上田 物語自体はロシアの侵攻よりもずっと前に書いたものなので、そこを意識したわけではないのですが、権力を持った人間というのは、どうしてもわがままになりますよね。権力に囚(とら)われるとそれが人々から貸し与えられたものだということを忘れてしまう。そのことは古今東西、どこだって一緒です。
ヘンな話、身近なところでいえば、すし屋の常連だってそうなんです。「いつもの」だけで注文が通るなんて、一見さんからしてみたらある種の権力、驕(おご)りでしょう。それが極大化するとプーチンのようになる。人間が力を持ったときにどれだけ怖い存在になってしまうのか、そのことは書いておきたかったですね。
――現代と直接繫がるテーマを内包した物語だと感じました。ちなみに、今後はどのような作品を準備されているのでしょうか?
上田 まもなく家康モノの新連載が始まります。これは来年の大河ドラマ(『どうする家康』)に合わせたものなので、商魂たっぷりで書くつもりです(笑)。あとは、先ほども申し上げたように、合戦がメインにならないような戦国モノっていうのはいつか書いてみたいですね。
――といいますと?
上田 例えば、合戦にめっぽう弱い武将が主人公の話とか。合戦には負け続けるんだけど、のらりくらり戦国時代を生き残って江戸時代に大名になり、その末裔(まつえい)が明治維新まで続いていくっていうような武将ですね。生き残るので精いっぱいっていう、ちょっと情けない感じのする合戦シーンなんか、面白いんじゃないかと思うんですよね。
――せっかくの合戦シーンなのに、派手でもカッコよくもないと(笑)。
上田 それ以前に、合戦が近づいているのに兵が全然集まらなくて苦労してる場面とかね(笑)。でも、どれだけ無様(ぶざま)だったとしても、どうにかこうにか最後まで生き延びた者が本当の勝者なので。今後は江戸時代で石高にして二万石とか三万石とか、それくらいの規模の大名を全部調べて、主人公になり得る武将を探そうと思っています。
「小説すばる」2022年6月号転載