「他国なら反撃」30分にわたって「ロックオン」したという事実
さらに深刻なのが今回の照射時間だ。防衛省の発表は「レーダー照射が初めて」とは言い切っていない。これまでにも短時間の嫌がらせや脅しとしての照射はあったと推測される。ただ、30分にわたって火器管制レーダーによって相手国の航空機を「ロックオン」したという事実は防衛省・自衛隊にも衝撃を与えた。
「戦闘機への火器管制レーダーの照射は銃をこめかみに突きつけられたようなものだ」
「軍事の常識ではありえない」
「他国なら反撃していただろう」
上がってくる情報とともに自衛隊内部の緊迫感も小泉大臣の耳に入った。決断は早く、2度目のレーダー照射からわずか8時間後に記者会見で事実関係を公表した。
ただ、防衛省・自衛隊内には慎重論もあったという。
主に制服組の幹部から「実害がでたわけではない。現場のエスカレーションにつながる懸念もある」など、中国側への抗議と再発防止を求める要請にとどめるべきではないか、という意見だ。
それでも最終的には総理官邸と大臣周辺で「現場のパイロットの判断とは思えない。上からの指示を受けた行為とみていいだろう」という判断から公表に踏み切ったという。
「小泉大臣の決断の早さは見事」
深夜2時という時間帯にも意味があった。同盟国の米国は昼間だったし、翌7日に小泉大臣が会談予定だったオーストラリアの国防大臣との共同会見の前に公表することでオーストラリアを味方につけることに成功した。
オーストラリアのマールズ国防大臣は「オーストラリアも同じようなことを(中国に)されたことがある。大変憂慮するべき事態で、日本と力を合わせて行動していく」と宣言している。
防衛大臣を経験したことがある自民党のベテラン議員はこう言う。
「2013年の中国軍艦艇のレーダー照射事案のときは、安倍政権でさえも公表に数日も時間を要した。今回の小泉大臣の決断の早さは見事だ」
逆に中国側は日本側の積極的な情報発信に当初は押され気味だった。ただ、中国側も「情報戦」となると黙っていない。9日夜になって中国国営テレビ傘下のネットメディアがレーダー照射前の中国軍と自衛隊の無線交信とする音声を公開し、反撃にでてきた。
中国軍とされる音声(中国語で呼びかけ、続けて英語音声でも)
「日本の海上自衛隊116番艦へ 中国海軍101番艦だ 我々の艦隊は計画に沿って 艦載機の飛行訓練を実施する」
これに対し、自衛隊とされる音声(英語で呼びかけ)
「中国軍101艦へ こちら日本の116艦 メッセージを受け取った」
この音声を公開したのは中国国営メディアだ。要するに、中国軍が訓練前に自衛隊に通告した「証拠」として、公開してきたのだ。
小泉大臣、中国報道を否定
小泉防衛大臣は、中国軍の艦艇から自衛隊の護衛艦に対し、「飛行訓練を開始する旨の連絡があった」ということは認めたが、「訓練を行う時間や場所の緯度・経度を示すノータム(航空情報)もなく、船舶などに示す航行警報も、事前に通報されていない」と続けた。
要するに、まったく連絡がなかったわけではない。だけど、肝心の訓練場所や時間を示すノータムはなかったということだ。
それでも小泉大臣は当初、内容は不十分ながらも中国側から訓練開始の連絡が艦艇ルートであったことを公表していなかった。確かに、正確な経度や緯度など空域、海域を示すノータムではなく、不十分なものだった。そうした小泉氏の言い分は正しいといえる。
ただ、中国側はこうした小さな隙を見逃さない。
日本の甘い脇を突く中国、のっかるTVコメンテーター
中国外務省の報道官は「日本側は以前は中国側から事前に通報を受けていなかったと言っていたのにいまは受けたと認めている。このような矛盾が証明しているのは日本がわざと騒ぎを起こして、デマを流す茶番の仕掛け人だということだ」と強弁し、中国側の行動は正当だと主張している。
日本側はあくまで、必要十分な情報提供がなかったという主張だったが、事実をねじ曲げてでも中国側は針小棒大に情報操作して国際世論に訴えていく。そのため日本はとにかく正確な情報提供をしつこく続けていくべきだろう。
現に、日本のテレビに出ている日本人コメンテーターでもこうした中国側の主張に乗っかり、日本政府や防衛省の失態だ、と訳知り顔で中国の肩を持っている人物もいる。
統幕の広報担当の1人は反論する。
「そもそも問題の本質はそこじゃないでしょう。30分にわたって戦闘機が戦闘機にレーダー照射を続けたことが問題であって、事前に訓練通知があったかどうか、それが丁寧だったかどうかなんて以前の問題だ。どこの国のテレビ局なんですか」とあきれ顔でぶちまける。
歴史を振り返れば、たった一発の銃声が世界を巻き込む戦争に発展したこともある。第1次世界大戦はサラエボ事件で一発の銃声がヨーロッパ全土を巻き込む世界大戦になってしまった。
日本人にその覚悟が求められているのだろう
泥沼化して日本を破滅に導く引き金となった日中戦争は「盧溝橋事件」という日本軍と中国軍の偶発的な武力衝突がきっかけだ。
北京郊外で日本軍が演習中に中国側からとみられる実弾射撃(*空砲だった、そもそもなかったなど諸説ある)があり、直後の点呼に日本兵士1人が所在不明となって(後に戻ってきた)戦闘状態に突入したと言われている。
今さら言うまでもなく「台湾統一」は習近平氏の悲願だ。今年11月に中国は空母3隻体制になった。防衛省幹部は「今後は沖縄周辺での空母艦載機の訓練は常態化する可能性もある」とみている。高市早苗総理が「台湾有事は存立危機事態になりうる」と発言した国会答弁から、中国は明らかに軍事的な威嚇モードに突入した。
ただ、2028年には習氏は3期目の任期満了を迎えることから、遅かれ早かれ台湾海峡への野心は隠さなかっただろう。だから、アメリカのトランプ大統領をレアアースと大豆輸入というディールで黙らせ、着々と準備を進めてきた。
その準備が整う前に、高市総理が国会答弁で「台湾有事」を可視化させてしまった。習近平氏への個人崇拝が進む中国とは、もはや軍事の現場レベルで日中が設置したホットラインは機能しない。現場レベルではもはや何も判断が出来ないからだ。
自民党の防衛大臣経験者は今後も中国の威圧は続くとみている。そのうえで、今後の展望をこう語る。
「高市総理の国会答弁は習氏の虎の尾を踏んだのだろう。ただ、いま目の前の危機を可視化させてくれたとも言える。今後は経済、軍事の両面で威嚇や威圧を続ける中国と日本は向き合っていかなければならない。国同士は引っ越しが出来ない以上、日本人にその覚悟が求められているのだろう」
文/長島重治













