「良くも悪くもリアクションがある方がいい」
そんなGAKU-MCにとって、日常生活での不満や気になることを軽やかにラップに落とし込んだ「DA.YO.NE」は目指すスタイルの到達点でもあった。
「まず、由理ちゃんっていうアイコンがあったのはもちろん大きいと思います。曲については、『ポップですよね』『キャッチーですよね』『狙ってますよね』などと言われたけど、紐解くと、自分たちなりの悩みを曲にしていくっていうヒップホップの核みたいなところは考えていたので、ヒットして“しめしめ”っていう感じでしたね」
だが、ヒットの代償も大きかった。
「仲間だと思っていたやつらからも『(世間に)魂売ってるんじゃないか』って批判されたこともありました。当時はメンバー以外、誰も信じられないみたいになりましたね。今みたいにSNSがあったら、もっとズバズバ鋭い刃みたいな声がきていたのかなとは思います(笑)。
でも今考えると、それは誰も見たことのない景色を最初に見た証。良くも悪くもリアクションがある方がいいなって今は思えるんですけどね」
成功を収めたことは人間への不信感だけでなく、その後の活動方針にも迷いをもたらした。結成から3年経った1996年にEAST END×YURI、さらに1998年にはEAST ENDの活動を休止。GAKU-MCは何を作ればいいのかわからなくなってしまったという。
「全てが迷走というか、今考えるとどん底だったなと。由理ちゃんはEAST END×YURIをやる前からソロアルバムを用意していたので、落ち着いたタイミングでそれを出すことになったんですけど、『じゃあ俺たちどうしよう…』みたいな。
『違う女の子を入れればいいじゃん』とか、『クラブシーンに戻るべき』とか、いろんな議論がありました。『DA.YO.NE』で自信はできたのに、何を作ればいいのかわからなかった。人が求めるものを作るのか、自分がやりたいことを書くのか。
両方とも正解だと思うけど、自信がない時って『これが正解だ』って言えない。だから一旦やめようと、EAST ENDも活動休止するに至りました」

















