ファッション迷子に向けた『脱オタクファッションガイド』の登場
注意したいのは、従来の「おたく」や「ヲタク」が市民権を得たわけではないことだ。電車男的な感性、自分の趣味を隠し、限られた仲間とだけ喜びをわかちあう若者たちは、ずっと存在してきた。「ヲタク」という表現が下火になってからは、彼らは「オタク」もしくは「なになにオタ」と呼ばれていた。
ところがZ世代によって、「オタク」という言葉が眩しいものになってしまったのである。気がつくと、オタクにも勝ち組と負け組のような区別が存在するようになっていた。かつてのオタクには「キモオタ」「チー牛」といった呼び名がついてしまっていた。
チー牛とは、チーズ牛丼のことである。中高生にも大人にも見えるメガネをかけた短めの黒髪の男性がチーズ牛丼をたのんでいるイラストが話題となり、ネクラ、陰キャといったネガティブな意味のネットスラングとして広まった。
いつの時代にも「おたく」が存在している。
そして、いつもファッションでバカにされてきた。「モタン・ボーイ」から「チー牛」へ。呼び名だけが変わっていき、ファッションへの不安は普遍である。『電車男』の大ヒットをうけて『脱オタクファッションガイド』が発売されたように、2020年代にもファッションで迷子になっている男性にむけて、多くのガイドブックが出版されている。
意地悪な見方をすれば『脱オタクファッションガイド』はいつの時代にも必要なのだ。2010年代を代表する男性向けファッション書籍は、MBによる『最速でおしゃれに見せる方法』だった。ベストセラーとなり、大きな流れを生んだことで、コスパやタイパを念頭においたファッションガイドが数多く出版されることになる。
それらのガイドブックは、おしゃれを楽しむための本ではないことが重要だ。電車男世代に向けて書かれたガイドブックの多くは、バカにされないためのテクニックを指南していて、「普通の服でいい」と提言している。普通の服とは、定番アイテムのことだ。
若者たちは、ずっと同じ悩みに苦しんできた。なぜか。センスが重要になったからだ。渋カジによって、普通の服をどう組み合わせて着るかが一大事になった。それまでは全身デザイナーズブランドで固めておけば問題なかったところ、一人一人が組み合わせを考えなくてはならなくなった。
かれこれ30年、手を変え品を変え、誰かが「普通の服」の組み合わせ方を指南している。
文/高畑鍬名 写真/shutterstock













