『サザエさん』の世界線では救えない現代日本の育児リスク
ここで『サザエさん』の世界に立ち返ってみよう。仮にサザエさんが子育てに疲弊して、うつ状態になったとしても、彼女には支えてくれるマスオさんがいる。正社員の夫は経済的にも精神的にも彼女をサポートしてくれるだろう。
実の父母である波平もフネもまだ健在で、娘が育児に疲れたら、少しの時間孫の面倒を見ることが可能である。カツオもワカメも、叔父・叔母として幼いタラちゃんの面倒を見つつ、一緒に遊んでくれるはずだ。つまりサザエさんは子育てに関して、自分以外に5人の援助の手を得ており、「太い家族」を持っていることになる。
しかし、もし彼女がシングルマザーだったらどうだろう。マスオさんと離婚し、頼るべき実家もきょうだいもない。孤独の身でタラちゃんをひとり育てる光景は、『サザエさん』のほのぼのとした世界観とはまったく異なるものになる。サザエさんの最終学歴は定かではないが、およそキャリアウーマンとしての職歴を誇る女性ではない。
パートタイムの仕事はいくつか経験しているものの、さしたる社会人経験もない。20代前半(原作では23歳)で結婚して専業主婦になった彼女が、いざシングルマザーになった時、働きながら子を養育するのは容易ではない。仮に〝仕事〞を得たとしても、高給とはいかないだろう。
時給の仕事をしながら、ワンオペ育児と家事を両立することは、精神的にも肉体的にもかなり過酷なものになる。日々のストレスや経済的不安、未来への憂慮が重なれば、持ち前の朗らかさを保ち続けることも難しくなってくるはずだ。
ここで大切なのは、行政による力強い支援である。サザエさんが三世代同居でも、核家族でも、あるいはシングルマザーでも、介護や育児を背負っていても、どんな立場でも基本的な生活を営め、将来に大きな不安を抱くことなく、タラちゃんを育てることができて、自分の人生を全うできる。それが理想的な社会のはずだ。













