長嶋茂雄を叱りつけた川上哲治監督
怖いもの。地震、雷、火事、親父――。昔からオヤジは怖いものと決まっていた。オヤジ監督たちも内面は熱く、温かいのだが、怖い一面を隠そうとしなかった。といっても、のべつ怒りまくっていたというより、「怒らせると怖い」であった。
細かい守備フォーメーションやピックオフプレー、そして小技を使った攻撃などを駆使するドジャース戦法に学び、巨人を9年連続の日本一、いわゆるV9に導いたことで有名な川上哲治さんも「怒ると怖い人」だったと聞いた。
実はV9ジャイアンツの戦術面、技術面、チームマネジメントを支えていたのは、ドジャース戦法を徹底的に学んだ牧野茂ヘッドコーチであり、名選手だった川上さんはどちらかというと精神的支柱だった。オヤジとオフクロの役割分担といったところか。
川上さんが長嶋茂雄さんを叱りつけたという話が伝わっている。
当時、春先のベンチでは火鉢に火をおこす光景がよく見られた。巨人のベンチでは、いつも川上さんが火箸を持って炭の番をしながら暖を取っていた。
川上さんは口数も少なく、あまり感情を表情に出さないタイプだったが、ものごとが順調に進んでいるときは貧乏ゆすりをするクセがあった。それを見ると、選手たちも「監督、機嫌がいいな」と思ったそうだ。
逆に不機嫌が頂天に達すると、持っていた火箸であたりを叩き、「パチーン」と大きな音を鳴らす。その音を聞くと選手たちは震え上がった。
ある試合で三振を喫した長嶋さんがベンチに戻るなり、「いやあ、あれは打てない」と言った。すると火箸のパチーンが響き渡り、「4番のお前が打てなくて、誰が打つんだ!」と一喝、ベンチは凍り付いた。
長嶋さんは次の打席でホームランを打ったという。