過疎地域は暮らし易いか?

過疎地域は高齢化率が高いことで、高齢者が暮らし易い地域構造になっている。それは民主主義の多数決の原理として仕方がない。たとえば、敬老祝金の支給は全国的に廃止もしくは縮小傾向にあるが、市町村議会では増額を求める提案が定期的にされる。

高齢者のみが使える福祉タクシーや、乗合形式のミニバスも運行している。高齢者が使う温泉施設や健康増進センター、医療機関等も補助金で支えている。そこでは無料の健康診断を実施し、転倒や認知症の予防対策として体操教室や小物づくりを催している。

また、どこの地域にも高齢者を中心とした集まりがある。住民から「高齢者はいつも集まって話をしている」「高齢者の輪ができていて入り難い」といった話をよく聞く。

そこにはよい意味でも悪い意味でもお節介な住民がいて、あちこち遠慮なしに割り込んで世話を焼いている。地域包括支援センターや社会福祉協議会の職員も高齢者の自宅をよく訪れる。

さらに、限界集落の暮らしは思いのほか快適だ。ゴミを燃やす、動物を飼う、周辺の野草を採取する、昭和の歌謡曲を大音量で聴く。そのような悠々自適な日々の暮らしを楽しんでいる。一人暮らしの高齢者に「困り事はないですか」と聞くと、「とくにない。まわりに人がいなくなって暮らし易い」と言う。

過疎地域ではそれくらい近所付き合いに気をつかう。自由な振る舞いは許されないし、人と人とのつながりが重荷になる。ぽつんと一軒家が楽なのである。

過疎地域では、都市部のようにやたら歩かされたり、施設内でマナーを強要されたり、素早い行動を求められたり、といった負担を感じることが少ない。若者が騒ぐこともないし、派手な格好をした者が外を出歩くこともない。

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地域コミュニティの監視は厳重で、金髪の者がいたら「治安が乱れる」「いかがわしい」「怖い」といった通報がすぐさま役場や警察署に入る。高齢者にとって昔ながらの習慣や価値観に従う生活は思いのほか快適だ。海外180カ所を訪れた私の経験則で述べるなら、日本の過疎地域で暮らす高齢者は元気である。

アメリカでは、高齢者たちが集まって暮らすシニアタウンが、各地域で人気を博している。高齢者にとって若者がいないのは何かと都合がよい。趣味嗜好が違う若者の存在は目障りであったりする。同じ価値観を持つ同年代の者たちに囲まれて暮らしたほうが楽だ。変化のない日常の中で、お盆と正月の数日間、少し賑やかになるくらいが丁度よいのである。

写真はすべてイメージです 写真/Shutterstock

田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来
花房尚作
田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来
2025/8/20
1,100円(税込)
304ページ
ISBN: 978-4334107376
日本の国土に占める過疎地域の割合は約60%。「田舎は危機的状況にある」「過疎地域は悲惨」――。「田舎=過疎地域」にはネガティブな言説が付いてまわる。しかし、こうした言説の多くは「都心の思考」で発信され、「都市部の都合」を田舎に押しつけている。だが、田舎は本当に悲惨なのか? 都会の思考とは異なる合理性に裏打ちされた「田舎の思考」を明らかにし、過疎地域で暮らす人びとの日常を通して日本の未来を考える。
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