ヤブ医者もいなくなる

裏を返せば、「ヤブ医者」もAI医療によって駆逐されていくでしょう。諸説ありますが、もともとヤブ医者とは「藪をつついて蛇を出す」という諺から来ていて、余計なことをしてかえって症状を悪化させてしまう、ありがた迷惑な医師のことを指します。

残念なことですが、このタイプの医師は少なからず存在します。わかりやすい例では、アトピーの患者さんに対し、不適切な薬を処方してアトピーを悪化させてしまうというケースは案外多いのです。余計な手術を強行したり、治療を導入したりして、患者さんの状態を逆に悪くするということもよく聞きます。がん切除の外科手術を受けた際、がんの部位だけでなく健康な部位まで切られてしまい、今度はその治療のための手術を受けなければいけなくなるという目を覆いたくなるような場合さえあります。

ただ、医療も双方向のコミュニケーションによるサービス業なので、患者さん側が思い込んでいるだけ、という場合もそれはそれで多くあります。

さて、このようなヤブ医者的な外科医に出会ってしまう不運も、各ステップで属人的な判断基準に従うのではなく、外科手術がAI画像診断と結びつき、AIが「ここからここまでの範囲を切ってください」と明示した部分だけを切るのであれば、そう簡単には起こらないでしょう。それが人間医師にとって「楽しい」のかは別として、患者さんにとってはそれでよいのですから。

写真はイメージです(PhotoAC)
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現代の社会病理として、「ヤブ医者」の意味合いが少しばかり多様化しています。つまり、自分が診ている患者さんに必要のないことはわかっていながら、病院の売上を増やすために余計な薬を処方する経済型「ヤブ医者」の存在です。

しかしAIが診察を主導し、医師が単なる助手にとどまれば、儲けタイプのヤブ医者が無理に保険点数を稼ごうとしてもAI診断との差が悪目立ちし、システム的にはねられてしまうので、急速に駆逐されていくことになります。

文/奥真也

『AIに看取られる日 2035年の「医療と介護」』(朝日新聞出版)
奥真也
『AIに看取られる日 2035年の「医療と介護」』(朝日新聞出版)
2025年9月12日
957円(税込)
216ページ
ISBN: 978-4022953346

テクノロジーはどこまで人間に寄り添えるか?

10年後、日本の病院はここまで変わる!
無人診察室、がんワクチン、AIの誤診、人手不足を解決する介護DX……
いま知っておきたい、教養としての医療とAI

画像診断や創薬など、医療にAI技術が導入されるようになって久しいが、
今後この流れはますます加速し、診療や介護、看取りの場面にも
AIは欠かせない存在となる。

かつて人間医師の“聖域”とされた「対話」「寄り添い」「見守り」といった領域にも
容赦なくテクノロジーが入り込んだとき、医師に残された役割とは何か。
私たち患者の命の扱われ方はどう変わるのか。
そして、この大変革は人手不足や医療費膨張をはじめとする
日本の医療問題を解決へ向かわせるのか。
はたして死角はないのだろうか――。

未来の医療が描く、これからの生き方、死に方とは?
直面する変化と課題、打開策を最新研究から論じる。

【目次】
序 章 AIに看取られる日
・介護から看取りへ――10年後のAIとDX
・「人間中心の医療と介護」からの再構築
・日本の医療制度が抱える問題 ……ほか

第1章 なぜ「医療にAI」なのか
・医師とAIの主従関係は逆転する
・ヤブ医者も「名医」もいなくなる
・AIが変える診察室の風景
・AIの進歩で誤診が増える? ……ほか

第2章 患者のビッグデータが治療を変える
・ビッグデータで超早期にがんを発見
・便座で、鏡で、生体データを収集
・医療情報と収入データを紐づける
・AI医師が誤診したら誰が責任を負うのか? ……ほか

第3章 AIだけじゃない! 2035年の医療技術
・バイオプリンティング:3Dプリンターで身体の部品を作る
・デジタルツイン:治療を「仮想の自分」で試す
・がんワクチン:自身の免疫をがん専用兵器に育てる
・長寿遺伝子と老化細胞除去:細胞から若返る ……ほか

第4章 AIは医療費問題を解決するか
・美容外科への人材流出=「直美(ちょくび)」問題
・医療費削減のカギはOTC薬
・デジタル治療アプリ(DTx)の可能性
・ChatGPTへの相談で医療費削減? ……ほか

第5章 これからの人間医師の役割とは何か
・人間医師の「聖域」
・患者の経済状況に合わせた治療の提案
・「病院=儲かる」は過去の話
・ミニマムDXで始める未来のクリニック ……ほか

第6章 未来の介護と「寄り添い」
・高齢化する訪問介護の支え手たち
・ICT化できない現場
・バイアスだらけの要介護認定
・介護現場のハラスメントはなぜ起こるか ……ほか

第7章 「死ねない時代」の安楽死・再論
・安楽死を語るとき大切にしたいこと
・日本では医師任せの「グレーゾーン」
・自殺幇助と積極的安楽死を合法化すべき理由
・死を語ることの忌避感を乗り越える ……ほか

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