気に入らないことがあると無視
自分も「不機嫌ハラスメント」をしていた。
首都圏で暮らす女性(59)がそう気づいたのは、夫の不機嫌から逃れ、アパートで一人暮らしを始めた2年前のことだった。
大学を卒業後、女性は自己啓発セミナーの講師として働いていた。だが仕事が忙しすぎ、ストレスからパニック障害を発症して退職した。
そんなときに再会したのが、高校の同級生だった夫だった。
端正な顔立ちで、誰からも好かれる人気者。数年ぶりに会った彼は、相変わらずいい人だった。でも、そこはかとなく「影」を感じた。
「この人を助けてあげたい」
なぜかそう思った。猛アタックの末、つきあうことになり、数カ月後には妊娠。26歳で結婚し、娘二人と息子に恵まれた。
女性のパニック障害は続いていた。「公園に連れて行かなきゃ」「夕飯の買い物しなきゃ」と思うと、不安で動けなくなる。
子どもを風呂に入れるのも、健診に連れていくのも、公園で遊ぶのも夫の役目。子育てのほとんどを、夫が担うことになった。
「だから夫は私に、絶対的なパワーを持つようになりました」
夫はもともと、結婚には乗り気ではなかった。そんな事情もあったのか、次第に不機嫌という形で女性を苦しめるようになった。
何か気に入らないことがあると、埴輪のように無表情になり、無視する。
話しかけると、冷めた視線で「はぁ?」と小馬鹿にしたように受け流す。
運転を頼むと人格が変わり、事故を起こさないかと怖くて仕方なかった。
それでも夫に頼らないと、育児は回らない。面と向かって文句を言うことはできなかった。深夜まで何時間も差し障りのない話をして、夫の心をほぐしながら「実は……」と少しだけ思いを伝える。そんな日々が何年も続いた。