互いに離れられない「共依存」

今思えば、夫は妻から機嫌を取ってもらうために、わざと不機嫌な態度を取り、自分はそれをケアする、といういびつなサイクルに陥っていたのではないか―。

「私は夫の不機嫌をケアすることに、自分の存在価値を見いだしてきたんです。離婚しようと思えばもっと早くできたのに、互いに離れられない『共依存』の関係でした」

一人になってみて、夫の一挙手一投足に振り回されず、好きなものを食べ、欲しいものを買って自分を甘やかすようになると、少しずつ張り詰めていた心に間ができた。

そして自分を見つめ直すうち、知らず知らずのうちに、もしかしたら自身もフキハラの加害者だったかもしれないと思い始めた。

子どもには「勉強しなさい!」「もう寝なさい!」と怒ってばかりだった。ストレスを感じている自覚はなかったのに、夫への鬱屈した思いをぶつけていたのだとがくぜんとした。

「お客様」である塾の生徒に対しても、宿題をやってこないなど気に入らないことがあると、いらつく態度を隠さなかった。

買い物の際も、店員の要領が少しでも悪いと不機嫌を抑えられない。商品を購入後、コールセンターに電話し、カスタマーハラスメントすれすれの態度で接したことも一度や二度ではなかった。

不機嫌な女性のイメージ 写真/Shutterstock
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「とくに娘にはものすごい圧をかけていたと思います。そのときは自分が正しいことをしているだけと思っていたけれど、弱い立場の人に不機嫌をぶつけていた。それじゃあ、夫と同じですよね」

別居して気づいたこと

夫も自分も根はまじめで、自分で思い描いていた人生を送れなくても、自分にむち打つように生きてきた。

「でも人間だからときには甘えたいし、疲れを癒やしたい。そんなとき、誰かに不機嫌をぶつけてしまうのは、自分を守る上ではやむを得ない行動だったのでしょう」

不機嫌になることが悪いことだとは思わない。ただ、誰もが無自覚にフキハラの加害者になっている可能性がある。その気づきが大事だと思うようになった。

夫はいまだに「おれは何も悪くない」と言っている。アパートへ移る直前に離婚届を渡されたが、「出すはずはない」と高をくくっているようだった。

この2年間で夫に対する思いも、自分の弱いところも、少しずつ整理がついてきた。

自分はずっと「相手が悪く、自分は傷つけられている」と思っていた。でも、別居して気づいた。「自分が選んでそこに居続けた」ことに。

経済的に独立できるようになっても、「家族が大事」だと離婚に向けて行動しなかった。何よりも、夫のことが世界で一番好きで、諦めきれなかった。

何度も「不機嫌」という地雷を踏み、心が壊れそうなほど痛みを味わってきた。そのたびに、「心が痛い。不機嫌ではなく言葉で伝えて」と全力全身で伝えてきた。いつか分かってくれると思っていたからだ。

離れて初めて、分かった。自分は被害者ではなかった。

「私が選んで、あの人といたのだ」と気づき、相手への非難への気持ちがスッと減った。

桜の季節になり、ずっとしまっておいた離婚届を提出した。

文/朝日新聞取材班 写真/Shutterstock

ルポ 熟年離婚
朝日新聞取材班
ルポ 熟年離婚
2025/8/12
957円(税込)
248ページ
ISBN: 978-4022953186

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婚姻期間が20年以上の熟年離婚は3万9810件、離婚率23・5%。統計のある1947年以降で過去最高を更新し続けている。子育てが一段落したことも離婚を決断する要因となり、退職金や年金などの財産分与を考える場合、「夫の定年の2~3年前から妻は準備に動きだす」という。
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