夫の機嫌を取りながら耐える日々

夫の不機嫌は治まるどころか、増長していった。夫にとっては、どんなに攻撃しても、許してもらえる存在が「妻」だった。

一方で夫は、子どもや他人には一切、そうした態度を見せなかった。はたから見れば、子煩悩な父親がいる幸せな家族だった。

結婚から10年が過ぎたころ、「このままではまずい」と思うできごとがあった。

夫婦で話しているときに、興奮した夫が何度も壁をバンバンと叩いて威嚇してきた。それまで、物に当たることはなかったのに。

男性が壁を叩くイメージ 写真/Shutterstock
男性が壁を叩くイメージ 写真/Shutterstock

「今度は私に暴力をふるうようになるかもしれない」

暴力に発展したら、いつでも逃げられるようにしておこうと自立の決心をした。幸い、パニック障害の症状は落ち着いていた。自宅で塾を開くことにした。

子どもの同級生を教えることから始め、口コミでどんどん生徒が増えていった。収入も、やりがいも得た。

それでも、夫の機嫌を取りながら、フキハラに耐える日々は変わらなかった。

転機は3年前に訪れた。

父を亡くして間もないころ、どうしても夫に動いてもらわねばならない用事があった。迷った末に頼んだが、いつものように「はぁ?」と言われるだけだった。

次の日、「昨日の言い方はひどくない?」と切り出すと「何だお前、その態度は‼」と逆上された。

ああ、この人とやっていくのはもう無理だ。その瞬間、30年間耐えてきた糸がぷつんと切れた。

1年間かけて家を出て行く準備を進め、2年前に近所にアパートを借りた。

家を出る直前、家族五人でZoomで話し合う機会があった。夫はいつものように、上から目線で女性に不機嫌をまき散らした。

だが子どもたちにとっては、初めて見る父親の姿だった。

夫ほど子育てにかかわってこなかったせいか距離のあった娘から、初めて「お母さん、飲みに行こう」と誘われた。娘はDVを受け、離婚していた。女性のつらさを、瞬時に理解してくれた。

それなのに、アパートで一人暮らしを始めて一番つらかったのは、意外にも夫の“ケア”ができないことだった。