健康という「見えない資産」の価値
健康と資産運用の関係については、想像以上に密接な関連がある。米国のフィデリティ社が行った大規模調査によれば、健康状態が良好な高齢者は、健康問題を抱える同年代の人々に比べて平均して医療費が年間約200万円少なく、その分を資産として維持できることが示されている。
さらに驚くべきは、健康状態と投資パフォーマンスの相関だ。カリフォルニア大学の研究チーム(Grinblatt, Keloharju, and Linnainmaa,2011年)による「IQ and Stock Market Participation」では、健康状態が良好な投資家は、健康問題を抱える投資家に比べて年間リターンが平均1.2%高いことが示されている。これは、健康な人ほど冷静な判断ができ、短期的な市場変動に惑わされにくいためと分析されている。
健康を「見えない資産」として捉えると、その価値ははかりしれない。たとえば、40歳で生活習慣病を患い、以後40年間にわたって年間100万円の医療費がかかるとしよう。これは生涯で4000万円の「見えない損失」になる。一方、健康を維持できれば、この4000万円を他の用途に使ったり、さらなる投資に回したりできる。
ストレスという「投資の大敵」
スタンフォード大学の研究によると、慢性的なストレスは投資判断にも悪影響を与える。ストレス状態にある投資家は、リスク回避的になりすぎて機会を逃したり、逆に衝動的な判断で大きな損失を出したりする傾向がある。
私自身も中年期に仕事のストレスで体調を崩し、1年間の休職を経験した。その期間中も淡々とインデックス投資を続けられたのは、手間のかからない投資法だったからこそだと思っている。もし頻繁な売買が必要な投資法を選んでいたら、休職中に資産管理もできず、二重の苦しみだっただろう。
適度な資産があれば、健康や家族を最優先に考えた決断ができるようになる。これこそが資産形成の真の目的なのではないだろうか。
アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した「欲求の階層説」では、人間の欲求は5段階のピラミッド構造になっている。最下層は生理的欲求(食事、睡眠など)、その上が安全欲求(安全、安定)、さらに社会的欲求(愛情、所属)、承認欲求(尊敬、評価)、そして最上層が自己実現欲求だ。
多くの人は「お金がないから」という理由で、安全欲求の段階に留まり続けている。体を壊すような職場でも辞められない、家族との時間を犠牲にしてでも働き続けなければならない。これでは、より高次の欲求を満たすことができない。
しかし、適度な資産があれば、この安全欲求から解放される。結果として、真に大切なこと健康、家族、自己実現に時間とエネルギーを向けることができるようになる。これが、資産形成の真の価値なのだ。