キャリアも勝負も〝準備〟がすべて
張り差しやカチ上げだけでなく、白鵬は小兵がおもに用いる「ねこだまし」すらも取り入れ、勝利したこともあります。
あれは2015年九州場所のことです。対戦相手の元関脇・栃煌山は全盛期は大関昇進を期待されるほどの力士でしたが、相手を見ずに立つことがありました。そこで白鵬は、ねこだましをすることによって足を止め、勝利を収めたのです。
特に現役晩年の白鵬は全身にケガを負い、かつてのようないわゆる「後の先」と呼ばれる取り口の相撲を見せる機会が減っていました。このころから以前にも増して相手の研究について熱心になっていたように思います。
普通は肉体の衰えと共に勝ち星が減り、土俵を去ることになります。
しかし白鵬は、賛否を呼ぶ取り口に転じたことで、誰も予想しなかった東京オリンピックまで現役を続けるという快挙を成し遂げたのです。
キャリアを重ねると、若いころのように働けなくなります。さらに時代のトレンドも変わります。このエピソードからは、自分自身と時代に合わせた戦い方を常に探求することの大切さを学べるのではないでしょうか。
苦手なジャンルやフィールドであっても、事前の準備次第で勝つことが可能なのは、ビジネスパーソンも同じなのではないかと思います。
相撲の世界は究極の成果主義です。一般社会に生きる私たちに同じことが求められるわけではありませんが、あえて厳しい環境に身を置き、自分を磨き続けることで、生き残れる時代が確実に到来しつつあります。
40代まで大企業に勤めていた人が早期退職の対象となり、再就職先を探したものの、これまでのキャリアが自社でしか通用せず、最終的には年収が大きく下がってしまった、という話はよく耳にします。
新卒でも中途でも名のある会社に採用されたからといって、ぬるくぶら下がりながら定年を迎えられるわけではありません。今という時代はもしかすると大相撲と一般社会が近づいてきているといえるのかもしれません。
ですので、普段は16時以降の相撲をご覧の皆さんも一度は、年収100万円の幕下力士と年収1300万円の十両力士が対戦することもある14時30分からの大相撲をご覧ください。
力士たちが特別な待遇を求めて生存競争に身を投じる様を目の当たりにすると、絶対に感じるものがありますから。
あの白鵬だって、そこから叩き上げてきたのです。
文/西尾克洋 写真/shutterstock












