コミュニティの変容——雑誌からネットへ
廣田 読者投稿欄のあるホラー雑誌は、90年代半ばぐらいまではいくつもありました。『ホラーハウス』『サスペリア』『ホラーM』『恐怖の館DX』など。いずれも少女向けの雑誌で、そのほぼ全てに読者投稿の漫画化が載っていた。『ハロウィン』と増刊の『ほんとにあった怖い話』に掲載されたものはどちらも単行本化されています。
まぎらわしいのですが、雑誌名と同名の『ほんとにあった怖い話』というタイトルで、第1期が30冊、第2期が4冊ぐらいで、第3期が18冊だったかな。全部で50冊ぐらい出ているという大シリーズだったわけです。でも国会図書館に入っていないんですけど。『ホラーハウス』もちゃんとコミックス化しています。ただ残念なことに、『サスペリア』だけは毎月載っていた読者投稿の漫画を単行本化しておらず、雑誌を読むしかないのですが。
その動きが衰退していったのが90年代終わり頃。『ハロウィン』は95年に休刊しましたが、『ほんとにあった怖い話』は続き、2007年に出版社が廃業してからは別会社に引き継がれ、2011年に『HONKOWA』になり、また『ホラーM』の増刊だった『あなたが体験した怖い話』が95年創刊、『実際にあった怖い話』が2009年に創刊。現在ではその三つの隔月誌しか、結局残っていませんね。
レディースコミックでも、昔は読者投稿によるホラー雑誌がけっこうありましたが、今は隣の主婦とのトラブルといったような、いわゆるヒトコワものになっている。これら、かつての投稿系の雑誌については、今のところ学校の怪談研究でもほぼ拾われていない部分です。
吉田 現在残っている『HONKOWA』も、『魔百合の恐怖報告』や『ある設計士の忌録』などの霊能者の実体験エピソード、またはレポート漫画が主になっていて、読者投稿をそのまま漫画化するのはメインではなくなっている。
廣田 『HONKOWA』に名前が変わってから、「スピリチュアル雑誌」と名乗っていますので。今でも残っているのは、読者投稿欄に載せている文字としての投稿ばかりですね。
「学校の怪談」ブームの頃に話を戻すと、男性向けの投稿媒体としては、『ケイブンシャの大百科』で怪談系のものがけっこう出ていた。初期はあまり読者投稿を前面に出していなかったけれど、90年代になると学校の怪談系の読者投稿も、何冊か出るようになりました。女子向けには、先ほども出た『M.B books』があり、男子向けには『ケイブンシャの大百科』があったのかなという、僕個人のイメージがあります。
学校の怪談にしてもホラーにしても、女性向け媒体がすごく多いのが面白いとは思っているんです。ホラー雑誌は大半が女性向けですし。
吉田 そうですね。エッセイコミックというジャンルは女性主体じゃないですか、書き手も読み手も。もちろん男性向けもありますけど。その広い区分の中に怪談があったり、嫁姑・ご近所トラブルみたいなものがある。もちろん男性も実話というものが好きだけど、男性と女性の文化では実話の捉え方が違うのではないですかね。男性向けの『週刊実話』などは、エロ、暴力団、犯罪などになる。
廣田 『不思議ナックルズ』にも繋がりますが、都市伝説系は、おそらく男性向けが多いのかなというイメージがあります。
吉田 恐怖体験といった、その人個人の体験に寄り添っている実話が、女性向けの傾向が強いのかなという気はします。私自身の体験を、ある程度のコミュニティで共有してほしいという欲求は、おそらく男性より女性のほうが強い。ネット掲示板の『発言小町』もそうですし、最近だと「嘘松」と言われるようなSNS上の発言など。それが本当か創作かはともかく、私の体験を誰かに共有してほしいというのは、学校の怪談や実話怪談と相性がいい。男性の場合、同じ怖い話でも「だるま女」など遠い他人の体験を語るような、陰謀論に近いテイストが多いのではないでしょうか。
廣田 なぜそういった男女によるジャンルの違いが生まれるのか、研究テーマにもなりそうに思います。
吉田 雑誌の投稿欄は、〝なんとかの広場〟といった名前が付くように、各誌の読者同士や編集者との交流の場でもある。さらに自分たちがこの雑誌の読者であることが可視化され、仲間意識が形成されていく場でもある。それが雑誌の投稿文化の人気を支えていたところだったと思います。
ただインターネットが普及して以降、そのような側面がどんどんホームページや匿名掲示板、近年であればSNSへと移行していった。特にネット普及期の、ホラー系ホームページへの投稿というのは、雑誌への怪談投稿と同じ立ち位置だったのではと思うんです。もちろん90年代後半あたりに小学生がアクセスすることはなかったでしょうけど、幅広い世代が昔のことを思い出して投稿してはいた。
廣田 そうですね。さすがに当時の小学生のリアルタイムな投稿はなかったとは思いますけれど。例えばカシマさんの有名なバージョン「鹿島さん」は96年に「Alpha-web こわい話」に投稿されています。ああいう投稿系の怪談サイトというのはいくつもありましたけど、編集がほとんど入らないので、文章が素人のままというのが、これまでの雑誌投稿とは違いますね。
2000年代になると、まずホラー雑誌自体が激減していく。学年誌もなくなっていく。これまでそういった話を投稿することができていた媒体が、21世紀になると本当にどんどんなくなっていった。
けれどもネットができたから、たぶんみんな気にしてなかったんです。特に怪談となると、あまり地名や実名を出して語るようなものではないですよね。その場合、2ちゃんねるなどのネットの匿名性は、すごくやりやすかったと思うんです。名前も出さずに投稿するのが当たり前で、真偽を疑われたところで、そのまま黙っていればいい。もしくは「くねくね」のように、みんなが勝手に話を膨らませてくれる。
吉田 ただ2000年代前半の頃は、小中学生も高校生もそれほど多くなかった。夏休みの時期になると中学生が増えるみたいな、「厨房」の語源のような状況はあったけれど。そうした低年齢層は主体的にスレッドを動かす立場ではないですよね。
廣田 そうですね。2004年、「都市伝》おまいんとこのテケテケ違うくね?《お国柄」というスレッドが立ったことがありました。中身は「みんなが知っているテケテケはどんなの?」といった、今でもSNSであるような交流で。リアルタイムで聞いた怖い話ではなく、俗信というか思い出話を語る場になっている。そこで古いテケテケの話とかが出てきてはいても、信用できるかどうかわからない資料なので、なかなか扱いづらいですが。
吉田 都市伝説系のホームページへのアンケート投稿も、そういった感じになりますね。
廣田 あとは学校の怪談というより、基本的には恐怖体験、心霊体験の投稿が多かったのかな。とにかく学校の怪談をメインで集めるというところは、かなり少なかったはずです。僕はほとんど見たことがないです。となると学校の怪談は一体どこにいったのかっていう話になりますね。
2010年代までは、そういった投稿を集めた本はありました。例えば実業之日本社が毎年出していたような「学校の怪談」本は、少なくとも形の上では投稿がメインだったかと思います。ただそれは雑誌ではなく単行本ですよね。かつての『My Birthday』や学年誌のようにオーディエンスが多い場というのは、インターネットに移っていったんでしょう。
吉田 インターネットになると、雑誌の投稿欄が担ってきたフォーラム感は薄くなる。雑誌や深夜ラジオの投稿文化における、俺たち私たちの共同体だよねという感じとはまた違うものになってくる。また年代での区切りもなくなる。ローティーン向け女性誌であれば、明らかに10代前半女子からの投稿になるわけじゃないですか。もちろんそれ以外の人が投稿してもいいんですが、フォーラムに集まるメイン層は確実にそうなる。その人たちが投稿した怪談ということは、すなわち学校の怪談なわけですね。たとえ学校を舞台としていなくても、学校で囁かれている怪談という範囲で考えるのなら。
『現代民話考』や『学校の怪談』も、そうしたフォーラムが形成されていた。でもインターネットではどうしてもそこが曖昧になってしまう。そうした投稿のフォーラムが保てなくなった時点で、「学校の怪談」は成立しにくくなったんでしょうかね。
廣田 マスメディアレベルでは、そうかもしれません。2000年代以降に「学校の怪談」ブームが終わったというのは、その通りですし。
『学校の怪談』や『怪談レストラン』は学級文庫にずっと置かれているので、今の子どもたちもそれらを読んで怪談を広めることもあるだろうとは思います。またインターネットでも、まとめ動画で学んだり、最近ならSCPで怖い話を拾ったりもする。
ただそれらやSNSも広い意味では投稿ですが、読者投稿ではない。読者投稿が80年代から90年代にかけて学校の怪談を盛り上げた、支えたのは事実だけれど、メディア環境の変化によってそれは終わった。終わったというか別のほうへ移行したということですかね。

廣田龍平
1983年生まれ。大東文化大学助教。専攻は文化人類学、民俗学。博士(文学)。昨年夏に刊行された『ネット怪談の民俗学』は7刷2万部超のロングセラーとなっている。
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恐怖が生まれ増殖する場所は、いつも「学校」だった――。
繰り返しながら進化する「学校の怪談」をめぐる論考集。
90年代にシリーズの刊行が始まり、一躍ベストセラーとなった『学校の怪談』。
コミカライズやアニメ化、映画化を経て、無数の学校の怪談が社会へと広がっていった。
ブームから30年、その血脈は日本のホラーシーンにどのように受け継がれているのか。
学校は、子どもたちは、今どのように語りの場を形成しているのか。
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撮影/齋藤晴香
※「よみタイ」2025年7月12日配信記事