ジミー・ページが語る「レッド・ツェッペリンというバンド」
「ありがとう。そう言っていただけることは、ありがたいし最高の気分だよ。でもそんなことはないと思うよ。ただ、他ミュージシャン方の創作するリフ、インスピレーションの基となっていることは嬉しいし、ユニークな発想と捉えてくれることは光栄だよ。
基本的にギターは独学で習ってきたんだ。45年間、同年代のプレイヤーだとか、シカゴのブルースのレコードをたくさん聴いて独自にギターを弾いてきた。何度も何度も繰り返し、その原点に戻って練習していくうちに自分なりの音というのものに辿り着けたのかもしれない。
それがスタジオ・セッションのときもそうだったし、ヤードバーズとかレッド・ツェッペリンとか、それ以外のプロジェクトのときも、それが自然と形になっていった。それがどういうことかというと、ようやく自分のものにしてしまったということだと思うんだ。
ロックンロールのルーツや、シカゴ・ブルースのルーツであるリフみたいなものを一度自分で消化して、今度はその場所からすごく離れたところに持っていくということもできた。
例えば、『カシミール』のリフなんていうのはジャズでもないし、またブルースなどの雰囲気とも全然違う形になっている。そこから初めて自分たちだけの新しい音を創造できたのが、レッド・ツェッペリンというバンドなんだ」
本作がすごいのは、全編にわたってすべての発言が4人だけの肉声になっているところだ。通常のドキュメンタリーであれば、関係者や第三者のナレーションで繋ぐところ、メンバー自身が当時を懐かしく回想し、具体的に語っている。
しかし、1980年に亡くなったボンゾ(ジョン・ボーナムの愛称)の肉声をどうやって得たのか? 生前はマスコミを敬遠することで知られ、彼のインタビューはほとんど存在しないと言われていた。
制作者サイドが取材を進める中、あるとき、オーストラリア国立公文書館(キャンベラ)にて、1970年代初頭にボンゾとロバートが一緒に受けたというインタビューの存在を知る。素材は30000本もの無記名リールから発掘されたそうだ。
ラベルのないリールの山の中から50年間眠っていた、まさにダイヤモンドのような90分に及ぶインタビュー音源を彼らは掘り当てたのだ。この制作サイドの執念にはつくづく脱帽する。同時に多くの映像プリントはかなり修復されており、観る価値十分だ。