被疑者立ち会いの下で実施した照射実験

Aさん達は女性が搬送された病院処置室の一画を借りて遺体見分を行いつつ、駆け付けた遺族から被害者の女性について聴取をした。

彼女は女手一つで幼い子供を育てているシングルマザーであり、いわゆる夜職に出勤するために家を出たあと、すぐ事故に遭ったことが分かったのだが、見分を行ったAさん達はある事に気付き、事故発生原因の一つを特定した。

全身黒系の服を着ていたこと──

彼女が身に着けていたこの服の色は、街灯の無い暗い道を歩くにはあまりにも危険だった。運転者の前方不注意と、この視認性の悪さが相まって事故が起きてしまったことが判明した。

写真はイメージです(PhotoAC)
写真はイメージです(PhotoAC)

待合所のソファには被害者の母親に連れられてきた幼い子供が横になってスヤスヤと眠っていた。母親が亡くなったことをまだ理解していない無垢な寝顔を見たAさん達は胸が締め付けられるような気持ちになった。

後日改めて被疑者の取り調べや車両破損状況の見分が行われ、そして「照射実験」と呼ばれる視認性確認の捜査が行われることになった。

この照射実験という捜査は被疑者立ち会いの下で実施される。

車両がどの位置に来た時に被害者はどの程度見えるのか、事故当時はどのタイミングで被害者が認識されたのか、といった状況が第三者にも理解できるように再現を行っていくのである。

照射実験において重要なのはあらゆる環境を事故当時と同じにすることだ。同じ時間帯で再現をしなければならないのはもちろんだが、車両や天候、月齢まで合わせて再現している。満月と新月では運転時の視界は違うし、晴れと雨でも大きく変わってくる。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)

大雨の日に死亡事故が起きたけれど、そこから暫く雨降りの日が無ければいつまで経っても照射実験が実施できないため、事故捜査の警察官はこの実験を適切なタイミングで行えるように細心の注意を払っているという。

また、事故を起こした車が大破して走行不能になっている場合は意地でも同型の車を見つけなければならない。時には同じ車に乗っている一般市民を街中から探し出し、頼み込んで実験に使用させてもらうこともあるそうだ。

そして後日、気象条件などが事故発生時と一致する日が来ることが分かり、被疑者立ち会いの下で照射実験が行われることになった。

事故当時と同じく曇天で月は出ておらず、深い闇夜だった。

被疑者の車は一部破損があるが自走可能な状態であったため、乗っていた車両をそのまま照射実験に使用することになり、被疑者とAさんを含めた二人の警察官が同乗することになった。