「砂糖を使ったら性欲が刺激されちゃうじゃん!!」
肉からの離脱を願うケロッグ兄弟は、穀物加工販売事業を続けた。熱心に小麦フレークを改良し、「トウモロコシを使ったバージョンが一番美味い」という結論にたどり着く。これこそコーンフレーク誕生の瞬間だ。
しかし、ここでケロッグ兄弟は道を違えることになる。音楽性の違いで解散するバンドよろしく、方向性の違いで絶縁することになった。
方向性の違いとは何か。「砂糖を使うかどうか」である。兄のジョンは「砂糖なんて絶対使わないよ‼ そんなことしたら性欲が刺激されちゃうじゃん‼」というスタンスだった。前述の通り、甘美な食品は性欲を刺激すると思ったのだろう。
だが、弟は「いや砂糖入れた方が美味いだろ」と普通のことを言い、議論は平行線を辿った。どうやら弟は兄ほど強い信念がなかったらしい。彼にあったのは、「そんなことより美味いもの食えた方がいいじゃん」という素朴な感覚である。
怒ったジョンは、「こんなふざけた弟と一緒にやってられねえな!」と完全に袂(たもと)を分かってしまった。兄と弟は別々にコーンフレークの事業をやることになる。
それでは、最終的に生き残った「ケロッグ」はどちらの会社だろうか。「性欲を抑える」という強いビジョンがあった兄の会社か、「美味いものを作る」と普通のことを言った弟の会社か。
答えは、弟の会社である。残念ながら、兄のジョンは生涯大きな成功を収めることはなかった。いつの世も、ストイックすぎる商品は市場に受け入れられない。兄は生涯性欲を抑え続けるストイックな生活をし、91歳で静かに没した。弟はコーンフレークの会社を巨大企業にまで育て上げ、永久に歴史に名を刻むことになった。砂糖を使うかどうかで道を違えた兄弟は、人生の甘さにもずいぶん差がついてしまった。
ケロッグの歴史は奇妙だ。「粗食で性欲を抑える」という目的からスタートし、圧倒的な情熱を持った兄によってコーンフレークが生み出されたのに、結局は砂糖を使った弟の方が「ケロッグ」という世界企業を手にした。コーンフレークは完全な粗食ではなく、やや甘美な食事になってしまった。
では、兄の理念はこの企業と無関係なのだろうか? そうではない。どうやら彼の理念は、ケロッグという会社の魂に染み込んでいるようだ。
なんと、現代におけるケロッグの注目すべき新事業は「代替肉」である。100%植物由来のハンバーグなどを生産する「モーニングスター・ファームズ」という子会社を持っており、ベジタリアン界隈で注目される企業となっている。利益も十分に出している成長事業で、投資家も大注目だ。
つまり、当初ジョンが夢見た「人々が肉食をやめ、性欲を抑えられる」世界を作る営みを、現代のケロッグもやっているのだ。一度は夢破れた兄の理念が、弟の会社を通して蘇っている。こんなエモいことがあるだろうか。
ジョンはきっと、草葉の陰から今のケロッグの活躍を見て、笑っているだろう。
「みんなが肉食をやめて、性欲を抑えられる社会はすぐそこだ!」。そう笑っているだろう。