明るくて茶目っ気のある少年

泰輝から「能生中に行きたい」と聞いて、田海哲也はもちろん胸を躍らせた。

「中村君と聞いてすぐ思い出したのは、三輪たちが優勝した時の金沢大会です。土俵下でメモを取りながらかじりつくように勝負を見ていた。その姿をよく覚えています。そんな子どもは他に見たことがありません。五年生の時、能生に稽古に来たこともありました。その時の明るさもすごく印象に残っていました」

すでに180センチ近い大きな身体。均整の取れた体型。肥満でもなく、筋肉質でもなく、古くから名力士と呼ばれる相撲取りに通じる柔らかさも兼ね備えている。

いかにもお相撲さんらしい雰囲気を持った泰輝が、将来有望な逸材であることは疑う余地もない。加えて脚が長く、現代的な魅力の持ち主でもある。

「身体も大きい、相撲も強い。それ以上に私が魅力に感じたのは、泰輝の明るさ、素直さです。物怖じすることなく、誰とでも話ができる。いい意味で目立ちたがり屋だし、クラスの人気者。そういう性格がすごく成長につながる感じがしました」

大の里が高校2年の時の海洋高校相撲部員
大の里が高校2年の時の海洋高校相撲部員
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体格や相撲の実力以上に、哲也が最も手応えを感じたのは泰輝の持ち前の明るい性格だった。

小学校を卒業した泰輝は、父・知幸が運転する車で能生に入った。

かにや旅館の前で車から送り出す時、父と子が交わした短いやり取りを中日スポーツが伝えている(2024年9月23日)。

《2013年3月末、二人三脚の最後の日、知幸さんの運転で新潟県糸魚川市に入った。車を降りる。父からの「逃げて帰ってくるなよ」の声に、「帰らんし」。短い言葉に決意を込め、親元から巣立っていった。》

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文/小林信也

大の里を育てた〈かにや旅館〉物語
小林 信也
大の里を育てた〈かにや旅館〉物語
2025/5/26
1,980円(税込)
208ページ
ISBN: 978-4797674644

唯一無二の感動。少年たちの夢を支え育む相撲部屋。
新潟県糸魚川市能生(のう)に、全国の相撲少年が集まる寮〈かにや旅館〉がある。海洋高校相撲部の田海(とうみ)哲也総監督が経営していた元旅館だ。そこが実質、相撲部屋となり、続々と未来のスター力士を輩出している。パワハラ、いじめ、不登校など、難しい問題が渦巻く中、田海夫妻が彼らの心身の成長に深くかかわり、そのおかげで生徒たちは練習に打ち込めている。本書は、大の里をはじめ多くの力士たちと田海夫妻を中心にした、〈かにや旅館〉で繰り広げられる感動の子育て、力士育成の物語。

【本文より】
この本は、運命の糸に導かれるようにアマチュアの相撲部屋を受け持つことになり、いまや大相撲で活躍する人材を輩出するようになった新潟県糸魚川市能生町の〈かにや旅館〉に光を当てた物語だ。(「はじめに」より)

【目次より】
序 章 能生町が人・人・人であふれた日
第一章 相撲部屋〈かにや旅館〉の誕生
第二章 有望な少年たちが集まり始めた
第三章 中村泰輝(大の里)が来た
第四章 〈かにや〉の生活と人間模様
第五章 大相撲の敷居は高かった
第六章 祝勝会前夜 母たちの証言
第七章 中村泰輝から大の里へ
第八章 大の里快進撃の陰に
第九章 〈かにや旅館〉の未来展望

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