「家族がいなかったら、絶対に頑張れなかった」

現在は、現役を引退し、自身が立ち上げた物流業に力を注いでいる卜部だが、我が子に会社を継いで欲しいと思うのだろうか。

「それはまったく思ってないですね。自分の好きなことを職業に選んで欲しいなと思ってます」

そもそも、卜部がセカンドキャリアに物流業を選んだとき、妻の高橋ユウはどんな反応をしたのだろう?

「相談したとき、妻は間違いなく不安に思ったはずですが、応援してくれました。僕にとって家族はいちばん信用している人たちで、いろんな意味で心を許せる人。実の親や弟に対するものとも違うし、それ以上。それを超えた信頼が妻と僕の子どもにはあります」

そして、会社設立3年目の苦境を振り返る。

「すごく苦しい局面がたくさんあって。ここ乗り切らないと、本当に会社はやばいなと思っていました。ストレスと重圧がのしかかり、突然コーヒーが飲めなくなりました。今でも1滴でも飲むと動悸がして、手が震えちゃうんですけど。

その時期はやっぱり、眠れなかったです。やっと眠っても、悪夢を見たかのようにパッと夜中に起きてしまう。そんなとき、横では子どもと妻がスヤスヤと寝ていて。その姿を見ると“負けるわけにはいかない”“悲しい思いをさせちゃいけない”って心底思いました。家族がいなかったら、絶対に頑張れなかった」

自分ひとりでは出せない強いパワーが、家族のためであれば生み出せる。背負うことで強くなれたと卜部はしみじみ語る。社長として、夫として、父親として、今後どうありたいと思っているのだろう?

「物流の世界での僕は、格闘技で言うなら1戦目、2戦目くらいの新人ファイターです。まだランキングにも入れていないですけど、ここから頑張って、いずれは業界を盛り上げられるようになれたらと頑張ってます。そして僕に関わる人が幸せになったらいいなと思います。やっぱりウチの会社に入ってくれたからには、他社よりも絶対に幸せだと実感してほしい。

父親としては、そうですね。子どもって、僕が言ったことをすごく覚えている。5歳でも、しっかり考えているんでしょうね。僕はもっと言葉で伝えたいし、言ったことをちゃんと実行している姿、頑張っている姿を父親として見せ続けたいですね、絶対に」

そう言って、目尻を下げた。格闘家ではなくなった今も、卜部は戦い続けている。

卜部弘嵩 (撮影/廣瀬靖士)
卜部弘嵩 (撮影/廣瀬靖士)
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取材・文/池谷百合子 撮影/廣瀬靖士