始まりは、節約への強烈なこだわり

悠さんは10代の頃から摂食障害を患っている。男性や女性に属さない性自認を持つ「Xジェンダー」であることに加え、家庭環境もあって感情を抑え込んだ。手抜きができず物事にのめり込みやすい性格から、就職先ではワーカホリックさながらに仕事に打ち込んだ。うつ病を発症し、没頭する対象を失った悠さんは、「節約依存」とでも呼ぶべき状態に陥っていく。

「最初は割引シールの貼り替えやセルフレジで細工をするなど、金額をごまかすことから始まりました。ある日、賞味期限が近い、普通だったら割引コーナーに置いてあるようなパンがあって、店員さんに割引を頼んだら『いや、これもう売れないんですよね』って裏に持ってかれちゃったんですよ。

私、食べ物を捨てることにすごく抵抗や執着があって。別の日に同じようなパンを見て、捨てられちゃうのかな……と思った瞬間、カバンに入れてしまいました」

翌日からは坂を転がり落ちるように行為がエスカレートした。次第に「お金を払って食べ物を買う」ということができなくなった。

「始まりは節約だったけれど、この段階では盗ることが目的になっているから、例えば『買ってあげるから自由に選んでいいよ』と何か買ってもらってもそれとは別に盗る」

こうして万引きが、悠さんの日常になり、一日に複数の店を巡ることもあった。成功することの方が遥かに多かったが、これまでに何度か発覚している。

「捕まっても取り調べの時から『明日どこで盗ろう』『今回の反省をどう万引きに活かそう』とずっと考えていたし、翌日からまた盗りました。万引きをやめたいとは思えなかった。ただ、私が幸いだったのはそこで医療や自助グループに繋がれたことです」

クレプトマニアの知識があった悠さんは、比較的早期に専門病院に繋がった。しかし万引きは止まらない。自助グループのメンバーにも主治医にも万引きを隠しながら通院を続けた。

「自助グループに通い始めたら早々に司会を任されたりして、“いい子ちゃんスイッチ”が入って、未だに万引きをしていることを正直に言えなかった。そしてやめられない。でも、通っているからこの程度で済んでいると言い聞かせて、通院と自助グループ通いを続けました」

転機になったのは三度目の発覚だ。この時点でさえ本心から万引きをやめたいとは思えなかったが、悠さんは入院治療を決める。入院前日に「盗り納め」をして以来、現在まで万引きをしていない。

収監中のクレプトマニア当事者とやりとりしている書簡
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