お金を払うか、それとも盗むか
コンビニでじっとパンを手にしたまま、お金を払うか、それとも盗むかをひたすら逡巡する──学生時代のAさんはそんな経験を何度もしてきた。欲しかったのは過食のための食べ物だ。
「過食をしているときは自分の身体がゴミ箱のようなもので、作業的に食べ物を詰め込む。ゴミ箱に捨てていくだけなんだから、お金を払う意味ないな、みたいな気持ちになっていました」(Aさん、以下同)
元マラソン日本代表・原裕美子さんがクレプトマニア(窃盗症)に悩む記事を目にし、Aさんはその存在を知っていた。依存的に窃盗を繰り返す精神疾患で、摂食障害との関連が深いとされている。一線を越えてしまう怖さを、Aさんも自分の中に感じていた。
「監視カメラがあるので結果的にはやらなかったですけど、もし誰にもバレない保証があったら盗ったかもしれない。逆にこの気持ちが早くバレて、盗らなくてもいい場所、食べなくてもいい安全な場所に行きたい、みたいな気持ちもありました」
十代半ばから過食の傾向はあったが、大学進学時に始めた一人暮らしでエスカレートした。仕送りやアルバイト代は食費に消え、クレジットカードの請求があるたび預金残高がなくなる。荒れた部屋でセルフネグレクト状態になりつつも、家族の目を気にしなくて済むことから一日に何度も食料を買いに出かけた。
「食べないとどうにかなりそうだから、スーパーに行かなくちゃ、コンビニに行かなくちゃという感じで。生活リズムが崩れて授業に出られないし、友達との約束も守れない。かと思うと、急に部屋を片付け始めて『何でもできる』『学校も行くぞ』という気持ちになることもありました」
気分が上向く時期と重なったこともあり、2~3か月で一気に書き上げた卒業論文は学内で表彰を受ける。大学在学中、Aさんが精神科で受けた診断は「双極Ⅱ型障害」だった。うつ状態をベースに、ごく短期間だけ軽い躁に転じる病気だ。