テスラがトヨタを買収したらどう思う?

結果、全米の労働組合の組織率はわずか9%。アメリカに労組はほとんどないようなものだが、それでも残っている州の企業というのは、労組との関係が良好ではなく、問題を抱えていることが多い。

そんな、労組が集中しているのが「ラストベルト(さびついた工業地帯)」なのだ。ここはかつて自動車や鋼鉄産業で栄えたものの、日本車などの輸入製品の登場によって衰退した地域である。

「日本製鉄は、ペンシルベニア州ピッツバーグという、労組の影響が強いというだけではなく、ラストベルトの中心地にあるUSスチールを買収しようとしたのです。つまり、労働者たちの気持ちを無視したかたちです」

しかし、労組は民主党を支持する立場にあるのに、なぜ当時のバイデン大統領は「国家安全保障上の懸念」を理由に、買収禁止命令を出したのだろうか?

「安全保障とは、製鉄を継続することと同時に、サプライチェーン(※)を守ることを指しています。(※原材料の調達から生産、流通、販売に至るまでの製品の供給の流れ)

日本製鉄は粗鋼生産量において現在世界第1位の中国の鉄鋼メーカーグループ『中国宝武鋼鉄』の傘下にある『宝山鋼鉄』と合弁会社を設立しており、このことが懸念の発端となりました。

対米外国投資委員会(CFIUS)は、『中国との合弁を持つ日本製鉄がUSスチールを買収することで、結果的に中国資本がアメリカに進出するのではないか?』と疑問視していたのです」

そこで、日本製鉄はこの懸念を解消するために中国との合弁を解消した。しかし、同社は世界2位の鉄鋼メーカーでもある欧州のアルセロール・ミタル(AM)と共同で、インドのエッサール・スチールを買収している。

「結果として、『この買収はアメリカ最大の鋼鉄産業を外国の支配下に置くようなものであり、国家安全保障および重要なサプライチェーンにリスクをもたらしかねない』とCFIUSは判断し、バイデン大統領は買収を許可しない決定を下しました」

つまり、現地法人化自体は問題ないが、アメリカの政治文化や南部とラストベルトの違い、さらに労組の力を見誤ると、大きな痛手を負う可能性があるということだ。

「80年代、多くの日本企業がアメリカに進出しましたが、東部に進出した企業の中にはその後、南部に移ったところも少なくありません。その理由は労働組合の力が非常に強かったからです。

労組をめぐるアメリカの政治文化は今も変わらない部分が多いので、日本企業は今一度その認識をするべきでしょう」

日本製鉄はUSスチールを買収せず、その資金でアメリカの現地法人をさらに拡大させ、アメリカ人の雇用を引き続き増やすほうが得策だったかもしれない。

「アメリカ最大手のUSスチールを日本製鉄が買い取るというのは、もっともアメリカが嫌がる行為。

日本に置き換えて考えてみてください。もし、テスラがトヨタを買収したいと言い出したら、トヨタの社員は雇用がなくならないために受け入れたとしても、関連企業の人々は不安になるはずです」

※画像はイメージです(photACより)
※画像はイメージです(photACより)

テスラがトヨタのエンジン技術には興味を示しても、細かな部品は必要ないとなれば、愛知県三河地方などに多くあるトヨタ関連会社は大きな影響を受けることになる。

こうした状況を考えれば、USスチールが外国企業に買収されることに対するアメリカ人の懸念も、さもありなんと思われる。

「トランプ大統領はバイデン政権で決まったことをすべて破棄すると期待している人もいます。しかし、順を追って見てみると、トランプ大統領はバイデン政権になる前にこの買収に反発しました。

いずれにしても、アメリカの政治文化を理解せずに進めた戦略であり、大きな失策だったと言えるでしょう」