農業を知って「心も身体も両方安定する」

30代後半を迎えた現在、我の強さは“ほぼゼロに近い”と笑う。それは30歳で芸能界を離れ、農業を学んだ経験が関係しているのだろうか?

「年齢と経験、両方あるんだと思います。昔は“自分が頑張れば何とかなる”なんて思っていましたが、まったくそうじゃないと学んだんです。

自然の力というものを目の前にして、自分は本当に微力で自然の中ではほとんど役に立たないということを農業を通して知った。あるがままを感じ、観察することで、自分の在り方がわかるようになりました」

あくまで個人的な意見だと前置きしたうえで、俺が俺が”と主観的な人は、はたから見ていてしんどそうに映るという。

「俳優業って、身体と精神が安定していないとなかなかできない。他の人間を演じるので、そうでない状態だとすごくストレスになるんですよね。そうなるとつらいだろうなって思う。

僕は農業を知って、土をいじったり、自然に触れていると、心も身体も両方安定するし、より良い状態になれるってわかったんです」

農業をする石田卓也(本人提供)
畑で農作業をする石田卓也(本人提供)
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今年、デビュー20年を迎える石田。先日、同期とも言えるような旧知の俳優・高良健吾と食事に行ったという。

「そのとき“必ずしもリアルな芝居がお客さんに届くわけではないよね”っていう話になって。僕たちは俳優だから、リアルを超えられるような芝居がひとつのゴールなのかもしれない。

あ、でもいつもこんな演劇論を交わしているわけじゃないですよ。本当にたまたまで。いつもそんな話をしてたら、面倒くさいヤツじゃないですか(笑)」

そんな高良とは、昨年公開された映画『罪と悪』で久しぶりに共演している。

「若いころから、厳しい現場で、一緒に頑張ってきた仲なので、“戦友”かもしれないですね。

久しぶりに一緒に仕事をすると“こんな人間になったんだな”というカッコよさを感じて。もちろん、そんなことは言葉には出しませんけど(笑)。

そんな瞬間は、俳優を続けている中でのひとつのご褒美かもしれないですね」

今後、自身がこうありたいという俳優像を聞くと、少し悩んでこう話し始めた。

「うーん。何て言ったらいいんだろう? 言葉選びが難しい……。でもこれ、ちゃんと言葉にしたほうがいいですよね?(笑)」

こちらにも笑顔で気を使いながら、最近、落語を見に行った話をしてくれた。

「そのときにも感じたんですが、“達人”“名人”と呼ばれる方って、技術はすごいのにリラックスしていて、余裕が漂っている。重ねてきた目には見えない経験が、人間として出ていると感じるんですよね。だからこそ、引き込まれる。

いつか自分も、そうなれたらいいなと思いますね。俳優としてはもちろん、人間として」

答えにくいであろう質問にもはぐらかさず、真摯に答えてくれる。そして、よく笑う。石田卓也の眼差しはとても温かであった。

石田卓也(撮影/矢島泰輔)
石田卓也(撮影/矢島泰輔)
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取材・文/池谷百合子