学校の怪談が一気にメディアの注目を集めるように

「学校の怪談」もまた、民俗学者によって1990年代に大きな注目を集めたジャンルである。そもそも学校にまつわる怪談は20世紀初頭から記録されており、「学校の七不思議」などと呼ばれていた。

たとえば、トイレに入った人に呼びかけて紙の色を選ばせる「赤い紙青い紙」やおなじみの「トイレの花子さん」は、遅くとも1940年代から知られていた。

また、話を聞いた人のところにやってくる霊の「カシマさん」は1970年代から記録があるし、下半身がなく腕で移動する「テケテケ」や、やはり話を聞た人のところにやってくる妖怪「ババサレ」は1980年代前半から伝わっていた。ただ、いずれも初期の詳しい記録はほとんど残っていない。

1980年代前半に入ると、民俗学者や民話研究者らが、同時代の人々の心性を理解するために、児童や生徒が語る怪談を積極的に収集しはじめた。

また、1980年代後半には、ホラー漫画雑誌や学年誌などの読者投稿を通じて、各地に同じような話が広がっていることが知られるようになってきた。

さらに、1989年から1990年初めにかけて、ウワサブームに乗ったティーン雑誌が、おじさんの顔をして人語を話すイヌの「人面犬」やトイレの花子さんなどを特集し、これが大衆雑誌に取り上げられたことで、学校の怪談は一気にメディアの注目を集めるようになった。

この波に乗って登場した児童書が、民俗学者の常光徹による『学校の怪談』(1990年11月)と、日本民話の会学校の怪談編集委員会による『学校の怪談 第一巻』(1991年8月)である。

常光徹『学校の怪談』(講談社)
常光徹『学校の怪談』(講談社)
すべての画像を見る

どちらも研究者が直接収集した話を子ども向けに再構成したものであったが、ベストセラーになり、続編が次々と刊行されるなどして、学校の怪談は押しも押されもせぬ大ブームとなった。

ブームのピークはおそらく1995年ごろで、映画『学校の怪談』や『トイレの花子さん』の公開、さらには民放ドラマ『木曜の怪談』のゴールデンタイム放送など、その人気は顕著だった。

都市伝説のほうは、2000年代に入ると、お笑い芸人の関暁夫によって大きく範囲を広げるようになる。公式には認められていない隠された真実──陰謀論や超古代文明、予知予言など、「オカルト」に含められるものも「都市伝説」と呼ばれるようになったのである。

またこの時期には、単に「広まっているが本当は間違っている」とされる情報や俗説なども「都市伝説」と呼ばれるようになった。このようにして「都市伝説」はブルンヴァンの当初の定義からはかけ離れたものになり、ますます民俗学者が使いづらい概念になってしまった。

学校の怪談のほうは、2000年代に入るとブームが去ったと言われ、学校で語られる怪談それ自体が衰退していったとされることもある。だが実際のところは、単にマスコミのあいだでブームが去ったというだけのことである。

『学校の怪談』シリーズは現在も版を重ねているし、1996年から2007年にかけては『怪談レストラン』シリーズ全50巻が出版され、日本で育ったZ世代の幼少期に影響を与えている。また、現場に目を向けても、児童・生徒のあいだで学校の怪談は現役である(※3) 。

むしろ概念が一般に定着したがゆえに、あえて話題にのぼることもなくなったのだろう。


※1 『ほんとにあった怖い話』は『HONKOWA』に改題して刊行中。ほかには『あなたの体験した怖い話』と『実際にあった怖い話』が刊行中。いずれも隔月刊。民俗学者のリンダ・スペッターは、伝説研究の権威であるリンダ・デーグが日本を調査していたならば心霊漫画雑誌を漁っていたことだろうと言っている。

※2 事情はアメリカでも同じようなもので、学会名には「都市伝説」ではなく「現代伝説」が使われている(国際現代伝説研究学会、International Society for Contemporary Legend Research)。

※3 2024年時点。学童保育で調査している川島理想さん、小学校教員の勝倉明以さん、中学校教員の永島大輝さんなどからの情報による。また、大学の授業で「学校の怪談」アンケートを取ると多くの怪談が集まる。それらはおおむね2010年代前半の話である。

#3 『変な家』『ゲ謎』…近年再評価が進む“因習村モノ”が流行るまさかの背景「結局それって田舎をバカにしてんじゃないの?」 に続く


文/廣田龍平

ネット怪談の民俗学
廣田龍平
ネット怪談の民俗学
2024/10/23
1,276円(税込)
320ページ
ISBN: 978-4153400337

きさらぎ駅、くねくね、ひとりかくれんぼ、リミナルスペース……ネット怪談の発生と伝播を、民俗学の視点から精緻に分析!
この恐怖は、蔓延(はびこ)る


「きさらぎ駅」「くねくね」「三回見ると死ぬ絵」「ひとりかくれんぼ」「リミナルスペース」など、インターネット上で生まれ、匿名掲示板の住人やSNSユーザーを震え上がらせてきた怪異の数々。本書はそれらネット怪談を「民俗(民間伝承)」の一種としてとらえ、その生態系を描き出す。
不特定多数の参加者による「共同構築」、テクノロジーの進歩とともに変容する「オステンション(やってみた)」行為、私たちの世界と断絶した「異世界」への想像力……。恐怖という原始の感情、その最新形がここにある。

【本書の内容の一部】
インターネットと携帯端末が可能にした「実況型怪談」の怖さと新しさ●2ちゃんねるオカルト板の住人たちによる「共同構築」の過程を追う●「都市伝説」「学校の怪談」ブームは、どちらも民俗学者がきっかけだった●田舎への偏見をはらむ「因習系怪談」から、SF的な「異世界系怪談」への移行●心霊写真からTikTok、生成AIまで、テクノロジーの進歩こそが怪異を生む●何らかの理由で自ら忘却している? 「アナログ・ノスタルジア」という感覚●もはや恐怖に物語は必要ない――2020年代ネット怪談/ネットホラーの「不穏さ」……

amazon