経済合理性に欠ける労働組合の感情論

ここまでのメリットがあったにもかかわらず、バイデン大統領が配慮したのは、全米鉄鋼労働組合(USW)だった。

USWは民主党の支持基盤で、鉄鋼業界や製紙、林業など広範な産業85万人の組合員で構成されている。

大統領選の際、トランプ氏が日本製鉄の買収を阻止すると宣言すると、バイデン氏も組合側の意向を重視するようになった。将来的な選挙戦に配慮したものと考えられる。

買収を阻止する命令を出したバイデン大統領 写真/Shutterstock
買収を阻止する命令を出したバイデン大統領 写真/Shutterstock
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USWが反対しているのは安全保障上のリスクというものだ。しかし、同盟国である日本がリスクになりえる根拠は薄い。単なる外資系企業を忌避するセンチメンタリズムとの見方が大半である。

日本製鉄による買収が完全に潰えたかといえば、そうでもなさそうだ。

自民党の木原誠二選挙対策委員長は、フジテレビの番組でバイデン大統領の買収禁止命令を非常に残念だと述べ、買収の必要性を強調した。武藤容治経済産業相も1月6日に「理解しがたい」とコメント。政府として具体的にどのような支援ができるかを考えると語っている。

日本製鉄はバイデン大統領の決定は不当だと反発。バイデン大統領などを相手取り、違法な政治的介入だとして禁止命令の無効を求めて提訴した。

アメリカ大統領を日本企業が訴えた事例は過去になく、異例中の異例の出来事だ。買収の行方は司法の場に持ち込まれることとなった。

理論上は、買収提案を断る理由はないはずだ。USスチールが単独での再建を求められるようなことになれば、製鉄所の閉鎖で大量の失業者を出す恐れもある。

取材・文/不破聡 サムネイル/Shutterstock