濃い信頼関係がいいプロデュースワークをもたらす

歌唱に関しては、特徴的な〝こぶし〟をサビのメロディーで随所に用いています。

ホイットニー・ヒューストンなどの曲を歌っていた、最初のデモテープを聴いたときから、彼女のフェイクはブラック・ミュージックのフェイクではなく、アジア的なこぶしのように聴こえました。これは彼女の大きな武器になる、生かさない手はないと、そのときから考えていたんです。

だからサビ以外にも、語尾を伸ばす部分にはフェイクを入れて、彼女らしいオリエンタルな風合いを強調しました。

〈ええいああ〉のフレーズは、〈ええい〉までが地声、〈ああ〉はファルセットです。でもファルセットへの切り替えで、彼女の声はパワーダウンしません。これも彼女の歌唱の魅力です。

武部聡志氏にとって特に思い入れが強いのが一青窈だった
武部聡志氏にとって特に思い入れが強いのが一青窈だった

実は「もらい泣き」を作った時点で、彼女のもうひとつの代表曲「ハナミズキ」のメロディーもすでにできていました。でも「ハナミズキ」がデビュー曲だったとしたら、単にいい曲を歌う新人がデビューした、という扱いで終わっていたかもしれません。

「もらい泣き」は、歌詞も、メロディーも、サウンドも個性的な曲です。というのも、ノンタイアップで新人をデビューさせる場合には、その人のもっとも濃い部分を打ちださないと突破口は開けない。デビュー曲は、その人の個性が一発で伝わるものを。そう考えていたからです。

デビュー曲「もらい泣き」は2002年10月にリリースされ、50万枚を超えるヒットを記録し、彼女の存在をアピールすることに成功しました。

そのとき、彼女と出会ってからもう4年近くが経過していたと思います。その間に、一青さんと僕のあいだには十分な信頼関係が育まれていました。

そういったプロセスがなければ、一青さんの歌い手としての魅力を最大限に生かすプロデュースはできなかったはずです。