「どう逃げずに、偶然ではなく必然にするか」
――向田さんと親交のあったプロデューサーから今回の話を持ちかけられたそうですが、そのときの気持ちは?
是枝裕和(以下同) 断れないなと思いました(笑)。なぜ、僕に話を持ってきたかというと、僕が「阿修羅のごとく」を題材にして、演出で人をどう動かすかっていう内容のワークショップを4、5年前にやっていたんです。それを聞いて、「是枝さん、向田邦子に興味あるんだ」ってきたから、やらないわけにはいかない感じでした。
――是枝さんはこれまで何度も向田邦子さんからの影響を公言してきました。
その中でも「阿修羅のごとく」は人間ドラマの頂点だからね。ハードルは高いけど、がんばりました。
――制作にあたって心がけたことは?
最初にお引き受けした時には、台本も一字一句変えずにやろうと思ってたんですけど、途中で方針を変え、けっこう脚本をアップデートしました。もちろん、向田ファンに怒られないように、世界観は崩してはいないつもりですけど。
1979年という時代設定はそのままにして、いま見ると共感しにくいなと思うエピソードは今の視聴者に共感してもらえるように、変えたというよりは軸を動かした感じです。女性たちが、男に従属するとか引きずられるとか、選んだ男に幸せを左右される、っていう状況からちょっと離したんですよね。
むしろ女性たち自身の意思で選んでいる形にしました。
――女性像を現代的にしたということでしょうか。
長女・綱子もあの関係(料亭の主人と逢瀬を重ねている)をずっと続けていくんでしょうけど、巻子に“恥ずかしくないの”って聞かれて、“恥ずかしくないわ”って言い切る一言を足してみたり。夫の浮気に悶々としている次女・巻子も、最後の結婚式のシーンでは家庭内のパワーバランスが変わっている描写を入れたり。
――確かに、時代感覚がアップデートした印象を受けました。
それと、偶然を削ろうとも思っていました。原作だと意外と、間違い電話やなにかを落とすことで物語が進むところも多いので、そのへんをどう逃げずに、偶然ではなく必然にするかっていうことをやりました。
オリジナルの第七話って、けっこう間違い電話が多くて、街で出会った男にゆすられている四女・咲子の電話を三女・滝子が取っちゃって話が続くシーンは、いくらなんでもなと思って、病院には勝又が「行こうよ」って誘う流れに変えたんです。それで勝又を使って二人の距離を縮めていくようにしました。
――今回の屋上のシーンは原作にはないですもんね。
ないんですけど、実は脚本にはあるんです。撮ったけど編集で切ったのか、そもそも撮らなかったのか、わからないですけど。
――人物描写以外で、1979年を描く苦労はありましたか?
街並みがもう残っていなかった。それがいちばん大変でした。原作では四姉妹の父・恒太郎の実家は東京・国立なんですけど、当時といまとはまるで違うので、国立に意味があるのかって調べました。
そしたら、向田さんと仲がよかった山口瞳さんが国立に住んでたか国立が好きだったかって話を読んで、そんなに意味はないのかなと思い、池上に変えました。その方が娘たちとの距離が近くなるので。