後藤の話は「世の中め!」という厭世 ( えんせい観増し増し 竹ちゃんは竹ちゃんのままでええなぁ、と

 地面師グループの中で後藤だけ、家族がいる設定じゃないですか。根っからの悪じゃないというか、土俵際で一歩踏みとどまっているというか。この人はいろいろあってこうなったんだろうなという、「仕方なしに」感が ( にじんでいるなと思っていたんです。今回の『アノニマス』に入っている短編を読んで、あぁ、なるほどなと思いました。後藤は司法書士事務所でカタギとして一生懸命働いていたんだけれども、よかれと思ってやったことが全部裏目に出てしまう。「世の中め!」という、後藤の厭世観増し増し部分を面白く読ませてもらいました。見た目に異様に執着する、麗子 ( れいこの話(「天賦の仮面」)も面白かった。

新庄 後藤と麗子に関しては、ハリソンから誘われて、地面師になるきっかけのエピソードが書けたらなと思ったんです。

  ( たつ(刑事)とか青柳 ( あおやぎ(石洋ハウス)の話も、過去にこういうことがあった人たちが後にああなるのか、と整合性がついていく感じがしました。そんな中で読んだ竹下のエピソードのホッとすること、ホッとすること。竹ちゃんは竹ちゃんのままでええなぁ、という感じでした。倒れて前歯が吹っ飛んだ時に、ぶつかってきた相手じゃなくて前歯に怒るところとか「竹ちゃんやないか!」って。

新庄 一番書きやすかったです(笑)。

 先生さすがだなと思ったのは、そのシチュエーションとかキャラクターを説明するのに、二行ぐらいの文章でバッとイメージを ( つかめるんですよ。竹ちゃんと競馬場に来た女が、「画面にクモの巣状のヒビが入ったスマートフォンを気だるそうにいじっている」とか。竹ちゃんとの関係性と競馬場に連れてこられた退屈さと、女の人の生活感というのが一発で分かる。そういう文章が結構あるんです。

新庄 ありがとうございます。最近は、まず最初にどういう話にするか決めてから脚本を起こして、そこから小説にしているんです。いろいろな「絵」が見えてから書くようにしているので、そういうディテールの部分も昔より大事にできるようになった気がします。

 あと、背中で感じるシーンがちょいちょい出てくるじゃないですか。相手の動きを直接見てはいないんだけど、背中で気配を探って……と。先生はいつもそ知らぬふりして、背中でいろんな人の話を聞いているんだろうなと思いました。面白い話が始まったぞとなっても、聞いているのがバレないように背中で吸収しなきゃ、みたいな。

新庄 ビビりで、めっちゃ気にしぃなんですよ。どうせ俺の悪口を言ってるんだろうなと思っちゃうので、人に背中を向けるのが怖いんです。その感じが文章に出ているのかもしれません。

 フェティッシュですよね、いろんな表現が。正直だなぁという感想はヘンですけど、表現をわりとオブラートに包みたい人もいるじゃないですか。むき出しでドンッと置いてくれるんだなというのはすがすがしい感じもありました。ハリソンが「清きアヌスが」とか言い出す場面とか(笑)。

新庄 この本から担当編集者が替わって女性になったので、原稿を渡す時に一瞬躊躇 ( ちゅうちょしたんです。こんな表現読ませていいのかなと思ったんですけど、二徹 ( にてつぐらいしていたので、もういいやって(笑)。

 いやいやいや、最高ですよ。読みながら、声が聞こえてくるんですよ。僕の脳内の豊川 ( とよかわ悦司 ( えつし)さんが、静かなトーンで「アヌス」。大手柄ですよ、先生(笑)。

地面師詐欺はもちろん犯罪なんだけれどもやっていることは悪だくみを超えたものになっている

新庄 豊川さんは独特の雰囲気をお持ちですよね。

 独特ですねぇ。

新庄 東宝スタジオへ見学に行った時、本番の撮影が終わって「はいカット」となったら、他のみなさんはパッと切り替えて休憩室に移動するのに、豊川さんはスタジオの端っこにある高いスツールに腰掛けてずっと ( たたずんでいる。待機中ですらハリソン山中だった。

 完全にはスイッチを切らないんです。常にアイドリング状態で待機してらっしゃる感じでした。

新庄 拓海 ( たくみ役の綾野剛 ( あやのごうさんもものすごい気合いの入り方で、びっくりしました。

 僕みたいな人間は、大根さんがOKと言えばOKでしょうという感じなんですが、彼は責任感を持って臨んでいた印象ですね。拓海のキャラを掘り下げて、いろいろな演技のパターンを試していらっしゃいました。

新庄 『地面師たち』を書こうと思った時に、主人公をどうしようかというのが一番最初の大きな問題だったんです。根っからの反社っぽい人間だと、あまり書く気がしない。もともと表の光の世界にいた人が、何らかの事件があって ( ちてきて、今は地面師をやっているという話だったら書いてみたいなと思ったんです。そういう人間が、信頼できると思える、あるいはこいつだったら手下になってもいいという親分を作りたいなと試行錯誤していったら、ハリソン山中が生まれたんです。

 地面師グループは、「必殺仕事人」シリーズみたいな昔の時代劇の人物配置とちょっと似ていますよね。後藤は同心だけど、実は裏で悪いことをしている。麗子は街へ繰り出して、変身したりしながら情報を引っ張ってくる。竹下はニヒルな瓦版屋みたいな感じで、裏でいろいろやっていて……と。

新庄 『七人の侍』もそうですよね。拓海とハリソン山中のキャラが決まった後、後藤、竹下、麗子は何の迷いもなく、すぐに出てきたんですよ。自分が見てきた作品からの影響があったのかなと思います。

 やっぱり、ハリソンがでかいですよね。ハリソンという絶対的な存在が真ん中にいるから、周りは個性がわちゃわちゃしていても、チーム全体の統一感が出る。油が引いてある、と言ったらヘンですかね。ハリソンという油が引いてあるから、僕らが鉄板にのった時に、ちゃんとジューッピチピチッと跳ねられるのかなと思います。

新庄 高倉健 ( たかくらけんさんの任侠 ( にんきょう映画を観ると、映画館を出た後にみんなが健さんのマネをして、肩で風を切って歩いていたっていうじゃないですか。最近もやくざ系の映画とかドラマはありますが、キャラクターに憧れたって感想はあまり聞かないなと思うんです。「地面師たち」は、憧れるって声をよく聞くんですよ。大企業を騙し抜くというゴール設定が、多くの人の心に引っかかったのかなと思ったりしました。

 ハリソンが ( たくらんでいることって、単なるお金儲 ( かねもうけとは言い難い。構えがでかいというか、道徳であったり社会システムそのものを破壊しにいっている感じがありますよね。ハリソン自体は純粋な悪だし、地面師詐欺そのものはもちろん犯罪なんですけれども、やっていることは悪だくみを超えたものになっている。鮮やかさも含めてでしょうけど、そこに憧れるのかもしれませんね。

しんじょう・こう ◉ 83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。2012年「狭小邸宅」で第36回すばる文学賞を受賞。著書に『狭小邸宅』『ニューカルマ』『サーラレーオ』『地面師たち』『夏が破れる』などがある。
しんじょう・こう ◉ 83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。2012年「狭小邸宅」で第36回すばる文学賞を受賞。著書に『狭小邸宅』『ニューカルマ』『サーラレーオ』『地面師たち』『夏が破れる』などがある。
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