釧路がシンガポールになる、というあり得なさで「いける!」と
土地の所有者になりすまし、勝手に土地を売却して買い主から大金を騙し取る詐欺師「地面師」。純文学出身の新庄耕はその存在に物語の可能性を見出し、自身初のエンターテインメント大作『地面師たち』(二〇一九年)を世に送り出した。
同作はNetflixでドラマシリーズ化され、今夏より配信開始。待望の続編『地面師たち ファイナル・ベッツ』を完成させた著者に、二作への思いを聞いた。
聞き手・構成=吉田大助/撮影=chihiro.
――『地面師たち』の映像化、おめでとうございます。そして続編の完成、待ちに待っていました。前作執筆時から続編を書く予定だったんですか?
事件はまだ終わっていない、という余韻のある終わりにしたほうがいいかなと思っただけで、続きを書くつもりはなかったんです。映像化が決まりそうだというところで、書け、と集英社命令が下りました(笑)。地面師のボスのハリソン山中が前作で最後に姿を現したのはシンガポールだったので、じゃあ次は「シンガポール編」かな、と。最初にあったアイデアは本当にそれぐらいでしたね。
――もともと新庄さんは純文学出身です。ただ、『地面師たち』はハリウッド映画テイストなコンゲームものを目指して執筆されたと聞いています。
『狭小邸宅』という不動産業界が舞台の小説でデビューしたこともあり、二〇一七年に起きた「大手住宅メーカー地面師詐欺事件」(※別人が所有権者になりすますという古典的な手口で、大手住宅メーカーが地面師グループに五五億五〇〇〇万円を騙し取られた事件)のことは興味を持って追いかけていました。
そんな時に「小説すばる」の編集者から、「次は地面師を題材にした小説はどうですか?」と言われたんですよね。『オーシャンズ11』みたいなポップなコンゲームものをというリクエストももらったんですが、そちらに振り切ったものを僕が書いても、あまり面白いものにはならないかもしれない。「自分の作風に寄せていいですか?」という話をして、今のバランスに落ち着いたんです。
――前作の主人公は、大物地面師のハリソン山中が率いるチームにスカウトされた、辻本拓海です。大手ディベロッパーをターゲットにした一〇〇億円の土地を巡る駆け引きはポップでスリリングですが、過去の陰惨な出来事によって人生に絶望し、詐欺を働く瞬間の高揚感によってなんとか生き延びる拓海の内面描写は、迫真性に満ち満ちている。その文章力は、純文学由来のものだと感じました。
安直な理由で地面師の仲間に入っていたら、僕自身が共感できなかった。せめて主人公には、暗いというか重たいものを背負わせたいと思ったんです。
――『地面師たち ファイナル・ベッツ』で拓海に当たる人物は、稲田です。彼はサッカーJ3でプロ選手として活躍していましたが、裏カジノ通いで借金漬けになりチームを解雇されてしまった。タイのプロチームのトライアウトに参加したものの不合格となり、帰国の途中で寄り道したシンガポールのカジノでバカラにハマって……。賭博者の内面を描き尽くす本格ギャンブル小説が始まったぞ、と最初は驚きました。
前作を書いていた当時、今だったらドバイなのかもしれませんが、日本の富裕層の人たちはシンガポールに行っているという話を聞いたんですよね。シンガポールと言えばマリーナベイ・サンズだし、あそこに入っているアジア最大級のカジノを出さない手はないな、と。前作では拓海がハリソン山中と既に知り合っている状態から始まっていたので、今回は出会いから書きたかった。じゃあ、カジノで会うしかないでしょうという判断でした。
副題の「ファイナル・ベッツ」はカジノ用語で、「最後の賭けをしてください」という意味。この作品全体のテーマを「賭け」にして、ハリソン山中に「今回が最後の大仕事かもしれない」と言わせれば、それだけでなんとなく盛り上がるでしょうというズルい考えもありました(笑)。
――前作の拓海もそうですが、闇に入り込んでいってしまう男の内面を書かせたら天下一品だなと思います。もしや新庄さんもバカラにハマったことがあるんですか?
僕、ギャンブルにはハマらない体質で、すぐ冷めちゃうんです。取材でシンガポールへ行った時にバカラも一回やってみましたけど、ちまちま三十分ぐらい賭けてすぐやめちゃいました。少し周辺取材が必要だなと思い、大王製紙前会長の井川意高さん(※マリーナベイ・サンズを含むカジノで一〇六億円を「熔かした」と著書で告白)と二回ほどお会いする機会があって、取材させてもらったことが大きかったんですよ。賭けていると脳みそからほわーっと物質が出てるのが物理現象として分かる、という話が印象的で。数時間で二〇億ぐらい稼いだ井川さんと比べたら稲田はひよっこもひよっこですが、ギャンブラーの心境にちょっとだけ近付くことができたかなと思っています。
東京は探し尽くした
だとしたら次の土地は?
――稲田がシンガポールのカジノでハリソン山中と出会い、「純然たるビジネス」にスカウトされる。宏彰、マヤ、川久保……。二年前に起きた一〇〇億円詐欺事件の時とは全く顔ぶれが異なる新たに結成された地面師チームの顔合わせ場面は、きな臭さがぷんぷん漂っています。メンバー決めは、楽しかったんじゃないですか?
大使館職員の川久保を入れたのは面白かったですね。シンガポールを取材した時に、大手企業の駐在員が街でいい感じに遊びまくっているみたいな話を聞いたんですよね。駐在員とか駐妻とかがラブホ代わりに使っているマンションがあったそうなんですが、所有者はカメラを仕込んで見ているんじゃないかという噂が、現地の日本人コミュニティの間で一時期立っていたらしい。情報や特権を持つ人間の弱みを握るという部分はハリソンのエピソードとして使おうかな、と。
――驚きです(笑)。
とにかく前作とかぶらないようにしよう、というのが全てにおいて大前提だったんですよね。例えば、拓海は結構暗かったからこっちの主人公は少し明るい感じにしよう、とか。前回は女性が少なかったから、今回出てくる刑事は男性ではなくて女性にしよう、と。
――前作はベテラン刑事の辰が、今回は二十九歳の新米女性刑事・サクラがハリソンを追っていく。引退した辰がハリソンについて記録したノートをサクラに託すなど、「意志の継承」というドラマにはグッときました。
ベタですけど、そこはうまくいったのかなと思います。続きものを今回初めて書いてみて、難しさが分かりました。『エイリアン2』とか『ターミネーター2』は面白かったけど、続きものでうまくいっている作品って少ないじゃないですか。『地面師たち』のアイデアが面白くて、全力投球していたからこそ続編が作れたわけで、それを超えるのはなかなか難しいんだと思うんです。ただ、地面師という同じモチーフを使って、前作とは違う視点から新しいお話を考えるという作業は、やり甲斐もありました。
――シンガポールを舞台に選んだことにより、物語のスケールがグッと拡大しています。日本のヤクザ、中国のマフィア、ロシアの軍人と、地面師たちに関わってくる人種や肩書きも幅広いです。
難しかったのは、日本みたいに外国人が土地を買える国って少ないんです。シンガポールも不動産規制が厳しくて、外国人はコンドミニアムなんかはいいけど、土地は買えない。シンガポールで地面師できないじゃんとだいぶ後になってから気が付いて、じゃあもう日本に戻ってくるしかないね、と。そこで問題になったのは、どの土地を舞台にするかでした。前作は東京が舞台でしたが、土地を探すのに相当苦労したんですよ。六本木とか銀座とかだとなんとなく色気がないし、そもそも空いている土地自体がない。新宿なんかは業者の手が隅々まで入っちゃっている。
立川とか八王子とか、豊洲とかの広い土地を扱っても、盛り上がりに欠けますよね。なおかつ「大手住宅メーカー地面師詐欺事件」の倍ぐらいの規模にしたかったから、一〇〇億の額面が付く土地にしなければいけなかった。探し尽くしてようやく、高輪ゲートウェイ駅前の広い土地を見つけたんです。もう一回東京を舞台にするのは不可能だなという中で、京都とか沖縄とかいろいろ考えているうちに、今回は北海道で行こうと固まっていった感じです。