母親が他界、「自由になった…」と安堵
その後、玲奈さんは大きなトラブルや問題もなく、成績をキープしたままA中学に合格。A中学での生活はとても楽しく、充実した学校生活を送った。しかし、玲奈さんが高校生のころ、母親が病気で他界してしまう。
「当時はとても悲しくて、気持ちを整理するのに時間がかかりました。でも、気持ちが落ち着いたときに『自由になった…』と安心している自分がいることに気づいたんです。母は中学受験のときも勝手に志望校を決めていました。その後も『○○大学に行ったほうがいい』『教師になったほうがいい』と、私にずっと指示をしてきました。
母の価値観で私の人生が決められていく感覚があって。もし母があのまま生きていたら、自分で何も選べない人生を送っていたんじゃないかと思ったんです」
現在、玲奈さんは自ら志望した大学に進学し、やりたかった仕事にも就いて充実した毎日を送っている。父親との関係も良好だ。
「中学受験があまりにも苦しすぎて、大学受験も就職活動も仕事も『これくらいならいけるな』という感覚でした。勉強する習慣や学ぶ癖がついたという点では、中学受験に感謝しています」
しかし、その一方で、中学受験は玲奈さんの心に深い闇を落とし続けている。
「中学受験のとき、私もしんどかったのですが父も辛かったようで、当時のことは2人の間で『なかったこと』になっています。父といるときに昔の話をしても、中学受験やそのころの話題はいっさい出ません」
母親との思い出にも深い溝が残っている。
「私は運よく勉強ができたから、母の狂気の中でサバイブできたと思っています。でも、もし勉強が嫌いだったり、成績が思うように上がらなかったら…と考えるとぞっとします。心にも体にももっと深い傷を負っていたんじゃないかと思います」
母が他界したことすら、結果としてよかったのではないかと思う自分がいる――。玲奈さんは最後にそう呟く。中学受験で幼い心が抱いた違和感や痛みは、大人になった今でも色濃く残り続けている。
取材・文/大夏えい 集英社オンライン編集部